岸田文雄首相が4月4日夜、自民党の裏金議員たちの処分を決めた直後、「政治改革の取り組みを見ていただいたうえで、最終的には国民、党員に判断してもらう」と述べたことが波紋を呼んでいる。「国民に判断」というのは解散総選挙を、「党員に判断」というのは自民党総裁選を指しているのは明らかだからだ。
今回の処分について「甘すぎる」「基準があいまい」との批判に対し、岸田政権としては裏金事件のケジメをつけたと考えており、処分内容の是非は総選挙や総裁選で有権者の判断を得るほかないという言い分である。
つまり裏金事件はこれにて幕引きという宣言だ。
では、岸田首相はいつ「国民の判断」を仰ぐつもりなのか。自民党総裁選は9月に予定されているが、解散総選挙はいつか。衆院任期は来年10月まで。岸田首相がいつ衆院を解散して国民の信を問うのかが焦点となる。
野党は岸田首相の「国民に判断」発言にさっそく反応した。
立憲民主党の安住淳国対委員長は「出直し解散した方がいい」と発言。維新の馬場伸幸代表は「すぐにでも選挙で信を問うべきだ」と訴えた。
マスコミ世論調査では内閣や支持率は低迷している。各党の選挙情勢調査でも自民苦戦の数字が出ている。TBS世論調査では「政権交代」に期待している人が42%にのぼり、「自公政権の継続」の32%を上回った。
これまで自民党批判が高まっても野党への期待は低調で政権交代の機運が高まっていなかったが、世論の流れは変化してきている。野党としては「今こそ解散総選挙」ということなのだろう。
一方、与党の公明党は石井啓一幹事長が解散時期について「自民党総裁選後の今年秋が一番可能性が高い」と明言。9月の総裁選で不人気の岸田首相を差し替え、「新しい顔」で総選挙に挑むことに期待感をにじませた。
内閣支持率が低迷したら首相の顔を差し替えて解散総選挙を仕掛けるというのは、自民党の常套手段だ。野党はそれを警戒して「総裁選の前に、岸田政権のうちに『出直し選挙」をしてほしい」という思いなのだ。
岸田首相はどう考えているのか。
目下最大の課題は9月の総裁選をどう乗り切るかである。
内閣支持率は低迷し、党内基盤も強固ではない(岸田派は第四派閥だった)。最大派閥の安倍派は解散したが、第二派閥を率いる麻生太郎副総裁や第三派罰を率いる茂木敏充幹事長との関係もぎくしゃくしている。自民党内には「岸田首相では選挙は戦えない」として、上川陽子外相や石破茂元幹事長ら「新しい顔」を期待する機運も高まっている。
岸田首相としては総裁選前に解散総選挙を断行して自公与党で過半数を維持し、自民党内の「新しい顔」の待望論を打ち消すことで総裁再選への道筋をつける戦略を描いてきた。ところが内閣支持率は一向に回復せず、自民党独自の選挙情勢調査でも厳しい数字が出ているなかで、4月解散や6月解散は困難との見方に傾いた。
そこで人事や処分で自民党内の求心力を回復し、解散せずに総裁再選を狙う戦略に転換。裏金処分では岸田首相を国会質問で批判した世耕弘成元参院幹事長に離党勧告をつきつける一方、岸田首相に融和的な萩生田光一前政調会長や松野博一前官房長官は「党の役職停止」という寛大な処分にとどめる党内分断策を実行し、総裁選に向けて多数派形成を進めたのである。
つまり6月の今国会会期末までの解散を迫る野党と、解散権を封印したまま総裁再選を狙う岸田首相の思惑は一致していないとみていい。
そこで焦点となるのは、岸田首相が今国会成立を約束している政治資金規正法の改正だ。
野党は解散圧力を強め、政治資金規正法改正をめぐる与野党協議で合意のハードルをあげていくだろう。与野党協議を決裂させ、「岸田政権は政治改革に取り組むつもりがない」として内閣不信任案を提出し、解散を迫る展開が予想される。岸田首相がこれに応じて解散に踏み切れば、自民党逆風の選挙戦となる。岸田首相は解散を決断できずに内閣不信任案を否決し、国会は閉幕して9月の自民党総裁選へ突入するというのが、もっとも可能性の高い展開だ。
ここで岸田首相が総裁選に出馬できるのかどうかは、内閣支持率にかかっている。支持率が低迷したままで「岸田首相では選挙は勝てない」という空気が自民党内を覆っていれば、岸田首相は不出馬に追い込まれ、麻生副総裁と手を握って上川陽子外相らを擁立し、影響力を残す道を選ぶだろう。
支持率が回復基調にあれば、総裁選後の人事をちらつかせて多数数派工作を進め、総裁選に挑むことになる。その場合はポスト岸田への意欲を隠さない茂木幹事長が出馬するのか、非主流派の菅義偉前首相が誰を対抗馬に担ぐのかが焦点となる。