5月9日、岸田文雄前総理が出演したテレビ番組で発した言葉が、永田町に激震を走らせた。「玉木雄一郎・国民民主党代表は、総理候補の一人だと思う」——。かつての政権トップが、次の首相候補として他党の党首の名を公の場で挙げるのは極めて異例である。
この発言は、単なるリップサービスでは終わらない。岸田氏の脳裏には明確な政局のシナリオがある。すなわち、「参院選で与党が敗北 → 石破政権が崩壊 → 玉木代表を担ぎ、自公+国民による新連立政権誕生」である。これは、石破茂首相のもとで広がる不満と、岸田氏の再登板への野望が交差する中で浮上した「玉木カード」なのだ。
さらに岸田氏は同じ番組で、石破首相について「参院選の結果を見た上で考えるべき」と述べ、選挙敗北時の退陣に言及する発言まで飛び出した。これは、支持率低迷と商品券スキャンダル、さらに闇献金疑惑が続く石破政権への“最後通告”とも受け取れる。
裏切りと再結集:岸田・麻生・茂木の奇妙な同盟
かつて岸田政権は、麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長との「三頭体制」で始まった。しかし、政権末期には関係が悪化。岸田氏は森山裕総務会長を重用し、財政規律重視の「森山路線」へと舵を切る。
総裁選では、岸田・森山は石破支持で勝利し、麻生・茂木は敗北。結果、森山が幹事長に就任し、岸田氏は“キングメーカー”として影響力を維持した。
だが石破政権は、旧岸田派の林芳正を官房長官に起用し、岸田の足元を切り崩す。林氏はポスト石破の最有力と目され、岸田氏にとっては最大の障害となりつつある。
ここにきて、岸田氏はかつて距離を置いた麻生・茂木両氏と再接近し、かつて反対した国民民主党との連立構想へと軸足を移した。岸田・麻生・茂木が共闘する新連立構想の核に玉木代表が浮上したのだ。
玉木を踏み台に、再び「岸田総理」へ
この構想の鍵は、玉木氏の“未熟さ”である。岸田氏は、玉木内閣を発足させれば、林官房長官を政権中枢から外し、自らは「裏の支配者」として国政に関与できると見ている。そして、玉木人気が落ちれば退陣に追い込み、自分が再び表舞台に立つ。
今の少数与党では、自民党総裁がそのまま総理になるとは限らない。だからこそ、玉木氏を“中継ぎ総理”に仕立て、自公国民で過半数を確保し、政権を安定させた上で次のチャンスを狙う。まさに「踏み台」戦略である。
立憲派vs国民派:水面下の権力闘争
岸田氏の発言は、自民党内の権力構造の分裂を浮き彫りにした。「石破・森山・林の立憲との大連立派」vs「岸田・麻生・茂木の国民民主との連立派」という構図である。
森山・林ラインは、財政規律を重視し、立憲民主党と手を組む姿勢を強めている。一方、岸田ラインは、かつて対立した麻生・茂木と手を結び、減税志向の国民民主との連携に活路を見出そうとしている。
公明党はこの争いに中立を装いながらも、どちらの連立にも加わる余地を残す「両天秤」姿勢をとる。旧安倍派の多くは立憲アレルギーが強く、岸田・玉木ラインにシンパシーを示している。一方、参議院では石破ラインが根強い支持を集めており、政局の行方は予断を許さない。
参院選がすべてを決める
政局の天王山は7月の参院選だ。ここで与党が敗北すれば、石破政権の命運は尽きる。その先に見えてくるのは、立憲との大連立政権か、国民民主との新連立政権か——。
そしてその選択は、日本の財政政策にも大きな影響を与える。緊縮か、減税か。財務省主導の政策が続くのか、あるいは国民負担の軽減を訴える新たな潮流が主流となるのか。
岸田文雄は、再び総理の座を狙っている。ただし今回は、表ではなく“裏”からの挑戦だ。玉木を担ぎ、林を封じ、チャンスを待つ。その策謀が実を結ぶのか、注目の参院選が迫っている。