宏池会。穏健保守を看板に掲げ、戦後政治を支えてきた名門派閥の内部で、いま壮絶な権力闘争が繰り広げられている。火花を散らすのは、前総理・岸田文雄と現官房長官・林芳正。かつて派閥の「主従」であった二人が、「ポスト石破」の座を巡って正面衝突しようとしている。
一見、自民党の派閥内闘争に見えるこの対立。しかし実は、日本の政権の命運を左右する政局の核心に迫るテーマでもある。なぜなら、岸田・林両氏の戦いの行方は、自民党と野党の再編、そして次の総理大臣の誕生に直結しているからだ。
石破政権の裏側で動く、二人の男
現政権を率いる石破茂は、昨年の自民党総裁選で土壇場の岸田支持により逆転勝利を収めた。岸田は自身の再選をあきらめ、石破支持に回ることで「キングメーカー」となり、麻生太郎に代わって政界の黒幕に躍り出た。
しかし、その裏側には未練がくすぶっていた。岸田は総理の座への未練を隠さず、メディア出演やYouTube投稿を積極的に行い、「再登板」の機会を虎視眈々と狙っている。皮肉にも「増税メガネ」という不名誉なあだ名を冠した動画で150万回再生を記録し、支持回復の糸口を模索しているのだ。
一方、石破政権の屋台骨を支えるのが官房長官・林芳正である。外相、防衛相、農水相などを歴任した「政界の119番」。東大・ハーバード卒のエリートで、政策通としても知られる。しかし政局の表舞台には長らく縁がなく、いわば「本流でありながら傍流」の存在だった。
そんな林が、ポスト石破の最有力候補に浮上している。昨年の総裁選では議員票・党員票合わせて4位に食い込み、派閥内外からの期待を集めている。だが、最大の障壁は、皮肉にもかつての上司・岸田文雄なのだ。
再結集する岸田包囲網と広がる林の地盤
岸田は現在、自派閥(旧岸田派)を掌握しきれていない。その隙を突くように林が派内ベテランと密会を重ね、地盤を固めている。一方で岸田は、旧安倍派・麻生派・旧茂木派というかつての主流派を再結集させ、党内基盤を強化しようと躍起だ。
この動きは、岸田が宏池会内部の影響力を失っていることの裏返しでもある。皮肉なことに、石破政権におけるスキャンダル(商品券問題)が岸田本人にも及び、「再登板は絶望的」との声もあるが、岸田は意に介さない様子で動きを止めていない。
そして、岸田と林の「内ゲバ」は、単なる派閥内抗争にとどまらない。自民党はすでに単独過半数を失っており、政権維持には他党との連携が不可欠となっているのだ。
キーパーソンは野党──立憲か、国民か
この政局のカギを握るのが、野党、特に立憲民主党と国民民主党だ。現主流派(石破・林・森山)はいずれも財務省寄りの「緊縮財政派」。対する国民民主党は、減税・財政出動を訴える「拡張路線」で、両者の政策的な親和性は乏しい。
林芳正が目指すのは、立憲民主党との「大連立」構想だ。財務省が仲介し、林と立憲の野田佳彦代表が連携する形で、財政再建型の安定政権を目指す。一方の岸田はこれに対抗して、麻生や茂木、旧安倍派とともに、国民民主党との連携による「減税路線」を構想するほかない。
極端に言えば、次の総理は自民党ではなく、玉木雄一郎(国民民主代表)になる可能性すらある。岸田が再登板を果たすには、国民民主を味方につけつつ、他の候補(玉木含む)との競争を制する必要があるのだ。
最後に──宏池会の争いが国の行方を決める
岸田文雄と林芳正。かつては師弟関係にも似た関係にあった二人が、今や自民党と政界全体を揺るがす激突の渦中にある。どちらが勝利を収めるかによって、日本の財政運営の方向性、外交方針、さらには野党との距離感すら大きく変わってくるだろう。
この戦いを読み解くカギは、「宏池会の内ゲバ」である。表に出にくい派閥内の動き、密談、そして意外な野党との連携が、次の政権の輪郭を形作っている。