政治を斬る!

高市「国民会議」の真意――減税か、封じ込めか

右も外す。左も外す。残るのは従う勢力だけ――。
高市早苗総理が打ち上げた「超党派の国民会議」は、その看板とは裏腹に大きな疑問を呼んでいる。消費税減税を訴える政党である参政党と日本共産党は招かれず、減税に反対する新勢力「チームみらい」が招待されたからだ。

本当に「超党派」なのか。減税を掲げてきたはずの高市政権は、どこへ向かうのか。背後に浮かぶのは、財政規律を重視する官僚機構、とりわけ財務省の影である。

「社会保障と税」の歴史

総選挙は自民党の圧勝に終わり、316議席という戦後最多規模の議席を確保した。自民単独で3分の2を超えた国会は様相を一変させた。施政方針演説ではヤジも少なく、高市一強体制の幕開けが印象づけられた。

そこで高市が強調したのが「社会保障と税の一体改革」を議論する国民会議である。

この言葉は新しいものではない。民主党政権期、野田佳彦総理と安住淳財務大臣のもとで、自公との3党合意による消費税引き上げを正当化する旗印として使われた。

当時5%だった消費税は8%、10%へと引き上げが決まった。もともとの表現は「税と社会保障の一体改革」だったが、増税色を弱めるため順序が入れ替えられたという。以来この言葉は、事実上「増税」を想起させる政治用語となった。

積極財政と減税を掲げてきた高市が、なぜこのフレーズを掲げたのか。疑問はここから始まる。

石破政権から続く構想

国民会議の原型は石破茂政権期に生まれた。野田率いる立憲側が提案した「給付付き税額控除」を協議する枠組みとして、自公民連携を探る構想だった。過半数割れの与党にとって、野党を取り込む現実的な国会運営策でもあった。

財務省にとっても、消費税減税よりも給付付き税額控除(所得税を減税し、非課税世帯には現金を給付)は受け入れやすい。自公民の合意による「一体改革」の再現――そこに行政側の狙いがあったとみられる。

その後、高市は緊縮路線を否定し積極財政を掲げて首相に就任する。就任直後の所信表明で国民会議設置を打ち出した背景には、少数与党下で野党を巻き込む必要性と同時に、積極財政を抑制したい官僚側の思惑も重なっていた。

しかし1月の電撃解散で情勢は一変する。自民は3分の2を確保し、野党の協力は不要となった。本来なら国民会議の意義は薄れたはずだった。

左右を外す再設計

それでも国民会議は残された。役割は「野党の声を聞く場」から「野党も参加したというアリバイの場」へ変質したとみられる。

すべての政党を入れれば議論は収拾しない。そこで給付付き税額控除に否定的な参政党と共産党は外された。参政党の神谷宗幣代表は対応を不誠実と批判し、共産党委員長の田村智子も消費税反対の主張が排除されたと反発した。

高市は左右を同時に切り離した形だ。議論をコントロールするための参加政党の選別である。

浮上する「みらい」

象徴的なのが「チームみらい」の参加である。減税に反対する同党は総選挙後に支持を伸ばし、中道再編の軸として浮上した。党首の安野貴博は自民の小林鷹之政調会長から参加を打診されたと明かしている。

こうなると国民会議の目的は減税ではなく、給付付き税額控除を軸に減税論を封じ込めることではないかという見方が強まる。壊滅した中道勢力の代替としてみらいを押し上げ、財政規律派を再結集させる――そんな政界再編のシナリオすら浮かぶ。

もっとも、高市が財務省と手を組んだとは言い切れない。むしろ参政党、共産党、国民民主といった独自色の強い勢力を外し、維新や中道(とくに公明)を取り込みながら一強体制を固める狙いが透ける。

主戦場は政権内部へ

圧倒的多数を得た政権では、対立の軸は野党から政権内部へ移る。国民会議はその舞台装置となりうる。財務省は給付付き税額控除を梃子に減税論を抑えたい。一方、高市は減税カードを手放せない。

協調か対決か。国民会議の行方は、高市政権の本質を映す試金石となる。国会はすでに高市一色だ。次の主戦場は、政権対野党ではなく、高市政権と財務省の力学へと移っていく。