3月19日から21日、関西へ出張した。
初日は大阪でれいわ新選組の注目株である八幡愛さんと会ってじっくり意見交換し、それから激戦の奈良県知事選に出馬する維新候補の応援に駆けつけた吉村洋文・大阪府知事を追って大和郡山市(高市早苗大臣の地元である)へ向かい、夜は大阪へ戻って講演した。
翌日は兵庫県明石市を訪れ、大胆な子ども支援で人口も税収も伸ばした泉房穂市長に市内各地を案内してもらった。隅々まで心が通った行政サービスに感心するとともに、泉さんが生まれ育った貧しい漁村(明石市の西の外れにある)を一緒に歩いた。泉さんの「誰一人見捨てない」という政治理念の原点を見たかったからだ(泉さんと私の昨夏の対談動画はこちら)。
泉さんが市長を退任する翌日の5月1日、私が「泉さんの政治闘争」をテーマにたっぷりインタビューした内容をまとめた本が講談社から刊行される予定である。乞うご期待!
最終日は京都へ転じ、れいわ新選組の積極財政を主導している長谷川羽衣子さんを訪ねた(長谷川さんと私の昨秋の対談動画はこちら)。長谷川さんのパートナーの朴勝俊・関西学院大教授(経済学)とも意見交換し、一冊の新刊をいただいた。『ベーシックインカム×MMT(現代貨幣理論)でお金を配ろう〜誰ひとり取り残さない経済のために』である。
著者は米ニューオリンズ在住のスコット・サンテンス氏。2013年からベーシックインカムを提唱・研究し、クラウドファンディングによるベーシックインカムを実践している米国の研究者だ。この本を翻訳したのが朴さんである。
夜に東京に戻ると、なんと自宅の郵便受けに同じ本が届いていた。出版元の那須里山舎の白崎一裕さんからだった(白崎さんは鮫島タイムスの読者で時折コメント欄にも投稿してくださっている)。
さっそくページをめくった。実にやわらかい文体で、経済学の知識がなくてもスラスラ読める。ちょうど100ページ。あれこれ考えながら1時間ほどで読み上げた。
MMTやベーシックインカムの入門書として最適だが、それ以上に「お金とは何か」「税金とは何か」「財政とは何か」という問題の核心をつく名著である。
これを読めば「まずは財源を確保し、財政支出はその範囲に抑制されなければならない」という固定観点に縛られた従来の「常識」が根底から揺さぶられるだろう。マスコミが当たり前のように報じている税制や財政の記事をまずは忘れて、まっさらな頭で手にとって欲しい一冊だ。
私なりの理解をもとに、内容を紹介してみよう。
本書は、米政府がコロナ対策として「誰からも税金を取ったり借り入れをしたりせずに、何もないところからおカネを生み出して270兆円以上もの財政支出をしました」という指摘から始まる。
大人ひとり16万2000円、子どもひとり6万7500円の小切手に始まり、1年で135兆円もの現金が米国の85%の人々の銀行口座と郵便受けに直接送られた。米政府はこのおカネを「何もないところから作り出した」というのである。
自国通貨を発行している国では、政府は通貨を無から創り出す。
税金とは、おカネの価値を維持するために、世の中に出回っているおカネの一部を取り除くものである。
このような「通貨」と「税金」への考え方が、MMTの根幹だ。財務省やマスコミが唱えてきた税財政の考え方とは全く異なる。国家が自国通貨を発行する権利を持つ限り、財政破綻に陥ることはありえない。「おカネのなる魔法の木」は実在し、おカネは無限に作り出せるというわけだ。
ただし、おカネと交換できるモノやサービスの量には限界がある。ここがポイントだ。おカネが世の中にあふれかえって価値が暴落しないように、政府は大胆な財政支出を行なった後、課税や借り入れを行うことによっておカネの一部を回収し、全体量を調整する必要がある。財政収支が均衡せず、財政赤字が大きく膨らんだところで、世の中に出回るおカネの量が異常に増えすぎることさえ避ければ、ハイパーインフレが起きる心配はない。
私たちは「政府は課税や借り入れで財源を確保し、その範囲でしか財政支出はできない」と思い込まされてきたが、MMTは「政府は最初に必要な財政支出を行い、その後に課税や借り入れでおカネを回収して全体量を調整する」と考える。従来の考え方(=緊縮財政)では、財源不足を理由に必要な財政支出を断念することになるが、MMT(=積極財政)では財源が足りないとして必要な財政支出をあきらめる理由がなくなる。
まずはみんなにおカネを配り、あとで課税して回収する。ここが本書の入り口である。
財政の収支均衡を最重視してきた財務省やマスコミの「緊縮財政」の呪縛から解放され、「積極財政」を受け入れたとたん、すべての人に現金を定期的に一律給付して生活を保証する「ベーシックインカム」は実現可能な政策として現実味を増してくる。
MMTに対する最大の批判は、世の中にお金があふれかえって通貨の価値が暴落し、物価が跳ね上がるハイパーインフレへの懸念であろう。
しかし本書は、インフレの原因は「おカネの全体量が増える」ことよりも、需要と供給の関係ーーとりわけ供給側が人為的に供給量を抑制することでわざと価格を吊り上げることにあると指摘している。例えば、知的財産権を理由に薬の供給量を減らしたり、産油国の協議で原油の供給量を減らしたりする場合であろう。
インフレの最大の要因は、世の中に出回るおカネの量が増えすぎることではなく、政府や企業などの人為的な対応(戦争、経済制裁、談合…)によって供給が抑制されることにあるというわけだ。
本書は多少のインフレが起きたとしても、十分なベーシックインカムが行われるならば、庶民の暮らし向きは必ず改善することをわかりやすく説明していく。一方で、ベーシックインカム+インフレで損をするのは資産や所得の多い金持ちであることも指摘する。「積極財政=庶民に有利・金持ちに不利」「緊縮財政=金持ちに有利・庶民に不利」という図式をクリアに解説している。
独自通貨を持つ国において、税金は財政支出の資金源ではない。課税の役割は、①世の中に出回っているおカネを回収して通貨供給量を調整しインフレを防ぐこと、②富裕層に累進課税することで富を再分配して経済格差を是正すること、③環境破壊や健康被害を引き起こすなど社会的に望ましくない行為やモノに課税して抑制することーーにある。税金は資金調達のためのものではなく、あるべき社会を実現させるための政策手段なのだ。
まずは、政治があるべき社会像を目指して「政策目標」(ベーシックインカム、教育無償化、再生エネルギー推進…)を明確に掲げ、そのために必要な財政支出を大胆に行い、そののちに課税でおカネを回収して全体の通貨量を調整しつつ、政策目標へのインセンティブをつくっていく。「何はさておき財政収支を均衡させなければならない」という旧来の呪縛から解放され、私たちがどんな社会を目指して何を実現していくのかという意思をまずは大切にし、そのための手段として財政支出と課税を位置付けるのである。
私たちはおカネに支配される必要はない。大切なのはおカネそのものではなく、おカネを使ってどんな社会を実現させるのかという強い意思だ。
そのような発想の転換を阻むのは、積極財政で貧富の格差が是正されることを嫌い、緊縮財政で既得権を守ることを望む上級国民たちだ。そう考えると、この経済学論争は、階級闘争・政治闘争の色彩を帯びてくる(立憲民主党が積極財政に反対するのは、彼らが野党でありながらすでに既得権勢力と化していることを端的に示す)。
MMTは上級国民たちの支配に対抗する強力なカードであり、経済学にとどまらず政治学でもある。そして「誰一人取り残さない社会」を実現することを目指して、ベーシックインカムとセットになって初めて大衆のものになるといえるだろう。
私が偶然にも手にした二冊の『ベーシックインカム×MMTでお金を配ろう〜誰ひとり取り残さない経済のために』。オススメの一冊だ。