自民党安倍派の裏金事件をめぐる衆参の政治倫理審査会(政倫審)は、西村康稔前経産相や世耕弘成前参院幹事長ら安倍派幹部が衆参の政倫審で「一切関与していない」との弁明を繰り返したのに続いて、5人衆と対立していたことから何かを暴露するのではないかとして注目された下村博文元文科相も同様の弁明に終始し、不発に終わった。
森喜朗元首相が派閥会長時代から始まったとみられる裏金づくりの実態や、安倍晋三元首相の提案で一度は廃止の方針が決まったキックバックが一転して継続になった経緯はまったく見えてこず、疑惑は深まるばかりだ。
野党は森氏を含む安倍派関係者らの証人喚問を要求しているが、3月2日に新年度当初予算案の衆院通過・参院送付を容認したため年度内成立は確実になっており、予算採決と引き換えに証人喚問を迫ることができない。
自民党はここで国会での裏金審議に区切りをつけ、安倍派を中心とした裏金議員を処分することで幕引きする構えである。
下村氏が出席した政倫審が終わった3月18日夕、共同通信は「安倍、二階両派の議員計80人規模を4月上旬にも一斉処分する方向で調整に入った」と報じた。「党が定める処分で最も重い『除名』と、それに次ぐ『離党勧告』は見送る」「派閥幹部には厳正に対応する方針で『党員資格停止』や『選挙での非公認』を科す案が浮上している」という内容だ。不記載額が少なかった中堅・若手議員は党の役職停止や戒告とする見通しだという。
これによると、西村氏ら安倍派5人衆は少なくとも次の選挙で「非公認」となり、無所属で挑むことになる。小選挙区で敗れれば比例復活はなく落選だ。80人規模の一斉処分は、2005年の郵政民営化法案に反対した50人を上回る大量処分となる。
地元・明石市で市長を務めた泉房穂氏が対立候補として出馬することが取り沙汰される西村氏に加え、無党派層の多い首都圏選出の萩生田光一前政調会長や松野博一前官房長官は厳しい選挙戦となろう。
とはいえ、除名や離党勧告が見送られれば、世論の批判は収まりそうにない。岸田首相が「政治的けじめを果たした」と強調したところで、内閣支持率がどこまで回復するかは見通せない。
郵政民営化法案に反対した50人は除名や離党勧告の処分を受けた。当時の小泉純一郎首相は郵政民営化法案が参院で否決されたことを受けて衆院解散・総選挙を断行。反対した議員に対抗馬(刺客)を擁立して徹底的に追い落とす「郵政選挙」に圧勝し、清和会(安倍派)支配を確立した。
岸田文雄首相は9月の自民党総裁選で再選を果たすため、その前に衆院解散・総選挙を断行するシナリオを描いている。内閣支持率の低迷や党内基盤の脆弱さを乗り越えるため、お手本となるのが「郵政選挙」だ。4月上旬に裏金議員に対して除名ないし離党勧告の厳しい処分を下したうえ、ただちに衆院解散に踏み切り、安倍派幹部らを公認せず、対抗馬を擁立する「裏金解散」の政治ショーを演出できれば、一発逆転の総選挙になる可能性は十分にある。
しかし除名や離党勧告を見送り、一部幹部の非公認程度でとどまれば「裏金議員を断罪する政治ショー」にはほど遠い。除名や離党勧告に踏み切れないようでは対抗馬(刺客)を送りつけることもできないだろう。中堅若手を含め80人規模の一斉処分に踏み切ったとしても、戒告程度ではアリバイづくりの処分と受け取られ、世論が納得するはずがない。
共同通信の報道が下村氏の政倫審が終わった直後に流れたことから、麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長が安倍派幹部らの処分を穏当にすませることで内閣支持率の反転を防ぎ、岸田首相の4月解散を阻止する狙いであることがうかがえる。岸田首相は「処分する前に解散する考えはない」と明言しており、4月上旬とされる処分時期をさらに引き延ばせば、4月解散の芽を完全につぶすこともできる。
岸田首相がこのレールに乗って安倍派幹部らへの除名や離党勧告を見送れば、内閣支持率を回復させる好機を逸し、4月解散どころか6月解散も困難となる。9月の総裁選不出馬・退陣の流れが強まってくるだろう。
3月末の予算成立時に安倍派幹部らに除名ないし離党勧告を突きつけ、茂木幹事長を更迭する人事を断行し、訪米前の4月5日に衆院解散・4月28日投開票の総選挙に突入するーーこの電撃的な4月裏金解散を断行できなければ、郵政選挙の再現は難しい。岸田政権の復活はさらに険しくなるのではないか。