勤続25年の表彰を受けて国会で演説し、にわかに脚光を集めている衆院議員がいる。自民党の森山裕・選挙対策委員長(78)だ。6分程度の演説に与野党から称賛の声が相次ぎ、YouTubeでの再生回数は14万回を超えている。
森山氏は4月27日の衆院本会議で登壇すると、政治人生48年間を支えた地元・鹿児島の支援者への謝辞を述べた後、「ほとんど家庭を顧みなかった私を支えてくれた家族に感謝を伝えたい」と語り、いきなり言葉を詰まらせた。
1945年4月の鹿児島大空襲の日に鹿屋市内の防空壕で生まれた。 実家は農業と新聞販売店を営んでおり、「小中学生のころは朝6時から眠い目をこすり、錦江湾に浮かぶ桜島に一礼し、自転車で新聞配達をする毎日だった」という。中学卒業後は「つらい農業はやりたくない」と思い、鹿児島市内の会社に就職。働きながら夜間高校に通った生い立ちを語った。
30歳で鹿児島市議となり、参院議員として国政デビューしたのは53歳。59歳で衆院に転じ、70歳で初入閣して農水大臣になった。「大臣室の椅子に座り、目に浮かんだのは、郷里の先輩や後輩たちの姿でした。きょうも汗水を流して田畑を耕し家畜を育て、国を支えている。農業から逃げた私は、政治家としてその奮闘に応えなければならない」 と誓ったという。「一つだけ誇れることがあるとすれば、政治活動に誠実に取り組んできたことです」と政治人生を振り返った。
自民党の国会対策委員長を歴代最長の1534日間務め、与党だけでなく野党にも幅広い人脈を持つ。本会議場は大きな拍手に包まれた。自民党でもめっきり減った「各方面に配慮して丸く調整できる叩き上げの政治家」といえるだろう。
森山氏は同じ「叩き上げ」の菅義偉前首相や二階俊博元幹事長とも親密な関係を築いている。岸田文雄首相も一目を置いて選挙対策委員長に起用し、4月の統一地方選や衆参補選では茂木敏充幹事長よりも森山氏と緊密に連絡を取り合った。いまや自民党のキーパーソンといっていい。
私はこの森山氏が5月の広島サミット後の政局でさらに表舞台に躍り出るとみている。
自民党が衆参5補選を4勝1敗で勝ち越し、内閣支持率も回復している中、自民党内では広島サミット後の早期解散論が浮上している。しかし、日本維新の会の躍進と立憲民主党の凋落を受けて、岸田首相は野党再編の引き金を引きかねない衆院解散を先送りするのではないかという私の分析はこれまでも繰り返し解説してきた。
岸田首相が解散の代わりに断行すると予想されるのは、通常国会終了後の内閣改造・党役員人事だ。来年9月の自民党総裁選まで政局を安定させるため、反主流派のドンである菅氏と二階氏との融和を目指し、二人と緊密な関係にある森山氏を幹事長に抜擢する可能性があると私はみている。
現幹事長の茂木氏は昨年秋に内閣支持率が急落した後、ポスト岸田への意欲を露骨にみせはじめ、岸田首相との間ですきま風が吹き始めた。もともとエリート臭が強く、自民党内ばかりか茂木派内でも敬遠される傾向があった。岸田首相は茂木氏の不人気につけこんで茂木氏を切り、森山氏を抜擢することで、「岸田総裁ー麻生太郎副総裁ー茂木幹事長」の主流派体制の組み替えを狙うのではないかという読みだ。「茂木外し」によって逆に党内融和を進める狙いと言える。
さらに茂木氏の足元を切り崩すため、茂木派の次世代のエースといわれる小渕優子元経産相を官房長官などの要職に抜擢する可能性もあるだろう。この場合、茂木氏に代わって小渕氏がポスト岸田の有力候補に急浮上することになる。
そうなると茂木氏の失脚は決定的になり、茂木氏の後見的存在である麻生氏の影響力も大きく低下する。麻生氏や茂木氏がどう巻き返すかが当面の焦点であろう。
このあたりの政局の詳しい読み解きは、5月9日発売のサンデー毎日『岸田政権 解散総選挙は”尻込み” 焦点は茂木幹事長切りの党役員人事 浮上する森山・小渕「抜擢」案』に記した。