岸田文雄首相が主導して打ち上げた所得税減税に批判が噴出し、内閣支持率が続落している。ここでソワソワしてきたのが、ポスト岸田を狙う自民党の茂木敏充幹事長だ。
茂木氏は11月2日のBSフジの番組に出演し、「物価上昇を上回る賃上げが望ましい」と強調。所得税減税について「再来年以降は減税をしなくても、物価上昇を上回る賃上げを起こせる経済に体質改善していくことが重要だ」と述べ、1年限りとする岸田首相の立場を支持した。
一方で、岸田首相が打ち上げた防衛増税については「税収増を使えば、再来年まで増税は要らなくなる」とし、異次元の少子化対策についても「成長の成果のなかで財源を捻出することは可能だ」と語った。
岸田首相に「増税メガネ」のあだ名がつけられ政権批判が過熱したことを横目に、自らは増税イメージがつかないように先手を打ったということだろう。
来年秋の自民党総裁選については「“令和の光秀”にはならない」と明言し、岸田首相が再選を目指して出馬する場合は立候補しない考えを明らかにした。ただ、「仲間の期待は十分に自覚している」とも述べ、ポスト岸田への意欲もにじませた。
岸田内閣の支持率は発足以来最低を更新し、総裁選前の衆院解散には踏み切れないとの見方が強まっている。この場合、岸田首相が来年秋の総裁選不出馬に追い込まれて勇退する可能性が高まる。それを見越して「岸田首相が出馬するのなら支えるが、出馬しないのなら自分が出馬する」という立場を鮮明にしたといえるだろう。
茂木氏は昨年秋の臨時国会で閣僚辞任ドミノが発生し、内閣支持率が急落したときもソワソワした。1月の通常国会の代表質問では、岸田首相に十分に根回ししないまま、児童手当の所得制限撤廃を主張し、存在感をアピール。これがかえって岸田首相の警戒感を招き、ふたりの間は冷え込んだ。
春になると、岸田首相がウクライナ・キーウの電撃訪問やゼレンスキー大統領が来日した広島サミットで息を吹き返し、内閣支持率は好転。岸田首相はますます茂木氏を遠ざけるようになり、4月の衆参補選では茂木氏よりも当時は選対委員長だった森山裕氏(現総務会長)と緊密に連携した。
森山氏は非主流派の菅義偉前首相や二階俊博元幹事長と親しい。菅氏や二階氏は、茂木氏の後ろ盾である麻生太郎副総裁とライバル関係にある。岸田首相の「茂木嫌い」は麻生派・茂木派・岸田派の主流派体制の組み替えにつながる可能性をはらんでいた。
実際、岸田首相は9月の内閣改造・自民党役員人事で茂木幹事長を交代させ、後任に森山氏や小渕優子氏(現選対委員長)の起用を検討した。森山氏起用は非主流派の菅氏や二階氏を主流派に組み込む政権基盤の再整備を意味する。小渕氏は茂木派の次世代ホープであり、茂木氏への強烈な意趣返しといえた。茂木氏は瀬戸際に追い込まれていた。
岸田首相は結局、「茂木外し」人事を土壇場で麻生氏に猛反対され、断念することになった。ただ、茂木幹事長を留任させる過程で、麻生氏から「首相が来年の総裁選に出馬するのなら、茂木氏は出馬させない」という確約をとったとみられる。茂木氏も麻生氏の意向を踏まえてその立場を鮮明にし、何とか踏みとどまった。
茂木氏は岸田首相と当選同期だが、年は二つ上。次の総裁選時には69歳となり、ここで岸田首相が出馬して再選すれば、自らには首相の座が回ってこなくなる恐れがある。いわばラストチャンスだ。つまり、岸田首相が勇退に追い込まれない限り、茂木政権は誕生しないのである。
しかも、幹事長交代を画策した岸田首相への疑念は膨らむばかりだ。仮に来年秋の自民党総裁選で岸田首相が再選を果たせば、今度こそ幹事長を交代させられるかもしれない。
岸田政権を支える立場になる幹事長が、内心では岸田政権の失速を誰よりも願っているというパラドックスがここに生まれる。今後、表向きは岸田政権を支えるそぶりをみせつつ、裏では足を引っ張るという複雑な政局が続くのではないか。
岸田政権の生みの親といわれる麻生氏も岸田首相への疑念を募らせる。これまで自分のいいなりだったのに、9月の人事では茂木幹事長を交代させ、菅氏や二階氏を主流派に引き込もうとしたことは、麻生氏の岸田首相に対する疑念に火をつけたに違いない。
麻生副総裁と茂木幹事長の政権中枢が岸田首相への不信感を募らせていることが、自民党内の岸田離れを加速させている大きな要因だ。9月の人事は、岸田政権の基盤を弱体化させ、大失敗だったといってよい。