参院選の開票が進むなか、敗戦濃厚とみて涙の引退表明を行った直後、数時間後に一転して「復活当選」を果たした男がいる。鈴木宗男――政界を幾度となく追放されながらも、常に土壇場で生き延びてきた「生存王」である。
その宗男氏が今、かつての怨念を胸に秘め、「石破支持」を声高に訴えている。総裁選の前倒しが決まれば「即解散・総選挙だ」と叫ぶ姿は、単なる石破支援を超えた、23年越しの復讐劇の序章のようにも映る。
父と娘、分かれた道
この夏の参院選、比例代表で自民党に復党し、最後の1議席に滑り込んだ宗男氏。その一方で、娘の鈴木貴子衆院議員は早々に「石破おろし」に動いた。貴子氏は茂木敏充前幹事長の最側近として、父とは正反対の道を歩む。
父は石破支持を唱え、娘は石破おろしの先鋒に立つ。まるで関ヶ原の戦いで父と息子が敵味方に分かれた真田家のように、どちらが勝っても鈴木家が生き残る布陣だ。
しかし宗男氏の狙いは単なる家の安泰にとどまらない。彼が石破総理に吹き込むのは「総裁選前倒しが決まった瞬間に衆院を解散せよ」という過激な策だ。
そこには、自身を葬り去った清和会支配への怨念が透けて見える。
郷愁と怨念 ― 郵政解散の記憶
2000年代初頭、宗男氏は旧平成研究会の重鎮・野中広務氏の最側近として権勢を振るった。だが、清和会を後ろ盾にした小泉純一郎政権の攻勢のなかで、収賄罪で逮捕され、離党・失脚する。
とどめを刺したのは2005年の「郵政解散」だった。郵政民営化に反対した議員を次々に除名し、対抗馬を立てて落選させた小泉劇場。その矛先は野中氏率いる平成研究会に向けられ、派閥は壊滅した。宗男氏もまた、その流れに呑み込まれた。
以来、日本政治は清和会支配の時代に入り、安倍長期政権へとつながっていく。宗男氏にとっては屈辱の23年だった。
今回の「裏金解散」論は、その怨念の裏返しである。裏金疑惑を抱える旧安倍派を徹底的に排除し、かつて平成研究会を壊滅させた郵政解散の「倍返し」を狙う。
森山と宗男 ― 怨念の同志
宗男氏の言動を単なる一議員の放言として片付けられないのは、彼が森山裕幹事長と長年の盟友であるからだ。
森山氏は1998年の参院選で初当選。宗男氏の後押しを受け、平成研究会に所属した。だが2005年の郵政解散で離党に追い込まれ、無所属で生き延びた経験を持つ。宗男氏と同じく、清和会への「怨念」を抱える政治家なのである。
その森山氏こそ、いまや「影の総理」と呼ばれる自民党実力者だ。宗男氏を復党に導いたのも森山氏である。両者の結びつきが「裏金解散」説を不気味に現実味あるものにしている。
参院選敗北の責任をとって森山氏が幹事長を辞任した後、後任の要職に宗男氏を押し立てるのではないか――永田町ではそんな観測すら飛び交っている。
石破は乗るのか?
問題は、石破総理がこの「森山・宗男シナリオ」に乗るかどうかだ。
石破氏もまた、かつては平成研究会の一員だった。派閥の後継争いで茂木敏充氏に敗れ、独立した経緯がある。さらに安倍政権下では冷遇され続け、旧安倍派に強い遺恨を抱いてきた。その意味では、旧安倍派打倒の旗印は石破氏にとっても決して悪い話ではない。
しかし、石破氏は理念先行型で、政局の腹芸を苦手とする政治家だ。森山氏や宗男氏のように「怨念」を糧にした権謀術数とは肌が合わない。少数与党下での政権運営を森山氏に依存してきたものの、必ずしも蜜月関係ではない。
とはいえ、石破氏の側近は数えるほどしかいない。森山氏が去れば政権は一気に立ち往生しかねない。追い込まれた時、最後の切り札として「解散総選挙」に打って出ざるを得なくなる可能性は否定できない。
怨念の果てに待つもの
宗男氏の「裏金解散」論は、単なる一議員の妄想ではない。そこには23年にわたる怨念と野望、そして森山幹事長という後ろ盾が存在する。石破氏が土壇場でそれに乗るかどうか――日本政治の針路は、いまや老獪な生存者の手に揺さぶられている。
宗男、最後の逆襲。その成否は、政権末期の石破氏の決断にかかっている。