政治を斬る!

年金改革法案が突きつける「政局の現実」──なぜ就職氷河期世代は切り捨てられるのか?と政治の責任

自民党が、迷走の末に年金改革法案を今国会に提出した。だが、この報道に接しても「一体何が起きているのか、よく分からない」と感じている人は少なくないだろう。

その背景には、マスコミ報道が政策の表層にとどまり、政局の構図に踏み込んでいないという問題がある。

実はこの年金改革、制度の改変であると同時に、政権の浮沈を左右する“政局の爆弾”でもある。

本稿では、制度設計と政局の両面から、年金改革の本質に迫りたい。

■氷河期世代を直撃する制度の限界

日本の年金制度は、大きく分けて「国民年金」と「厚生年金」に分かれる。自営業者や専業主婦は国民年金にのみ加入し、会社員や公務員は両方に加入している。

昨年行われた5年に一度の年金制度の「点検」では、衝撃的な試算が示された。このまま経済の低成長が続けば、将来の国民年金の給付水準は現在より約3割減となる可能性があるというのだ。

この「3割減」の影響を最も受けるのが、就職氷河期世代だ。彼らの多くは非正規労働に従事し、十分な厚生年金を受け取れない。そのため国民年金が生活の柱となるが、その給付が削減されれば、生活保護の大量申請が現実味を帯びる。まさに「年金制度の崩壊」が目前に迫っている。

この危機を前に、厚生労働省は改革案をまとめ、石破政権も今国会への提出を表明していた。

■「年金の悪夢」に怯える自民党

改革案の柱はふたつ。第一に、厚生年金の積立金を使って国民年金の給付を底上げすること。第二に、主婦らパート労働者の厚生年金適用範囲を広げることだ。

だが、これに対して労働組合や中小企業から強い反発が起きた。厚生年金の積立金を国民年金に流用する案は、「なぜ会社員が自営業者の老後を支えなければならないのか」と批判され、パートの厚生年金適用拡大も、「手取りが減る」として当事者や雇用主に敬遠された。

この逆風に、自民党が及び腰になるのは当然だ。なにしろ、自民党には「年金トラウマ」がある。2007年、第一次安倍政権は「消えた年金」問題で参院選に大敗。安倍首相は辞任し、政権交代の引き金となった。年金は自民党にとって“地雷”なのである。

■立憲と連携を選んだ森山幹事長の政局判断

自民党内では法案見送り論が強まったが、ここで牽制球を投げたのが立憲民主党の野田佳彦代表だった。「法案を見送るなら内閣不信任案を提出する」と通告したのだ。

実は野田代表は、参院選後に自民党との大連立を模索している。自らの党の支持率が低迷し、目玉政策の「食料品消費税ゼロ」も不評。国民民主党に勢いで劣る中、「年金」を政争の材料にして反転攻勢に出る戦略へとかじを切った。

対応を迫られたのが、自民党の森山幹事長だ。石破首相を横目に、法案の一部修正を条件に今国会提出を強行。政権の延命と立憲との関係維持を優先した。

だが、その“修正”が意味するところは大きい。労働組合が強く反対していた厚生年金の国民年金への流用だけが撤回されたのだ。

■切り捨てられたのは誰か

この修正で最も損をしたのは、やはり就職氷河期世代だ。正規雇用が少なく、労働組合に加入していない彼らは、「国民年金の底上げ」が唯一の救済策だった。それが政治の都合で葬られた。

パート労働者に対する厚生年金の適用拡大は残されたままだ。負担が増える当事者の懸念には耳を貸さなかった。就職氷河期世代もパートも、共通して言えるのは「政治的に弱い存在」だということだ。

一方、改革見送りを求めた労働組合の声はしっかりと反映された。連合を支持基盤とする立憲民主党や国民民主党との関係を重視した結果である。

つまり、年金改革は「制度の問題」ではなく、「政局の論理」によって方向が決まったのだ。

■問われる国民民主党の立ち位置

ここで注目されるのが、急成長中の国民民主党だ。

連合を支持母体としてきたが、昨年の総選挙では「手取りを増やす」を掲げて現役世代の支持を集めた。とくに就職氷河期世代から熱狂的な支持を集めたのである。

今後の国会で、国民民主党が「連合」と「就職氷河期世代」のどちらを取るのか──この選択が、その真価を問うリトマス試験紙となるだろう。

年金制度の持続可能性は、もはや理想論では語れない。「誰を救い、誰を切り捨てるのか」。その冷酷な選択を、政治は突きつけている。

私たち有権者が、どの党にその判断を託すのか。夏の参院選は、年金改革というレンズを通して、新たな局面へと進もうとしている。