自民党の奥の院とも言える「農水族」がいま、かつてない危機に見舞われている。きっかけは小泉進次郎農水大臣が打ち出した「コメ増産」と「農協改革」だった。
進次郎のこの政策に猛反発したのが、農協と結びつきの強い自民党の農水族。だが、その反発こそが、自らの「ムラ社会」の存在を白日の下にさらす結果となった。まさに“自滅”の幕開けである。
野村発言があぶり出したムラ社会
5月末、鹿児島で行われた自民党の国政報告会で、元農水大臣の野村哲郎参院議員が進次郎を名指しで批判した。
「小泉大臣はお父さんに似ていて、あまり相談することなく自分で決めてしまう。ルールを覚えてもらわないといけない」
ここでいう「ルール」とは、自民党の農林部会──すなわち農水族の了承を得なければ、農政は動かせないという不文律のことだ。
この農林部会は、かつてから農水族が支配してきた。政策決定はまずここで了承され、次いで政調会・総務会での承認を経て、ようやく閣議決定に至る。これは、自民党全体に共通する「族議員」システムでもある。建設族、厚労族、文教族、財務族……あらゆる分野に「ムラ」が存在してきた。
しかしこの構造こそが、国政を省庁と族議員の密室で動かしてきた“利権の温床”でもある。
野村氏の発言は、そのムラ社会の存在を逆に世間に可視化してしまった。ネット上では「農林部会がそんなに偉いのか」「農水大臣より上なのか」と批判が噴出。進次郎を支持する声が一気に強まった。
森山ドンの系譜と九州支配
野村氏は農協出身で、農水族のど真ん中にいる人物だ。そして、農水族のドンと呼ばれる森山裕幹事長とは、同じ鹿児島出身。実は、野村氏が参院議員となったのは、森山氏が衆院補選に転じたことに伴う“後釜人事”だった。
今回の進次郎批判は、なんと森山氏の国政報告会の場で行われたものだ。野村氏は「森山先生からもチクリとやっていただかないと」と発言。これは森山氏が進次郎に何らかの“圧力”をかけることを示唆するもので、大きな波紋を呼んだ。
もはや、単なる農水族の一議員の発言ではない。この言葉が、森山幹事長の「黒幕」としての存在感を全国に知らしめることになった。
森山氏は長年にわたり、農水大臣人事を牛耳ってきた。岸田政権では6人中5人が九州出身の農水族議員。しかもそのうち2人は鹿児島。農政の中枢が、南九州の“畜産ムラ”で占められてきた実態が明らかになった。
ナンバー2は熊本の坂本哲志氏、ナンバー3は宮崎の江藤拓氏。この3人が「畜産族」として鉄の結束を誇ってきたのだ。
驚くべきことに、JAグループのトップ・山野会長も鹿児島出身。まさに、農協・農水族・農水省の鉄の三角形が九州に根を下ろしていたわけだ。
進次郎が再び舞台へ──小泉劇場の再演
こうした閉鎖的構造に風穴を開ける姿勢を、進次郎はアピールしている。
2000年代、小泉純一郎元首相は郵政改革を掲げ、郵政族を敵に回して国民世論を味方につけた「小泉劇場」で一世を風靡した。その血を受け継ぐ進次郎もまた、ネット世論とメディアの注目を巧みに利用して、農水族の存在を浮き彫りにしている。
かつて農協改革に挑んで失敗した進次郎は、今度こそ「ムラ社会」との決着をつけようとしているのかもしれない。
一方、農水族のドン・森山氏がどう動くのかは未知数だ。世論の反発を受け、「黙って耐えろ」と部会関係者に指示を出す可能性もある。
だが、果たして農水族が黙って耐えられるのか。農協サイドの不満が噴き出し、再び“ついうっかり”の発言が出てしまえば、それは進次郎の炎にさらに油を注ぐことになる。
この「小泉劇場」の続編は、まだ始まったばかりだ。