岸田文雄首相(65)が小渕優子元経産相(49)を官房長官や政調会長などの要職へ起用することを検討していると週刊新潮 (12月15日号)が報じている。興味深い記事なので紹介したいが、まずはその前に小渕氏を取り巻く政治事情を解説しよう。
小渕氏は小渕恵三元総理の次女でTBS社員だった。父親が首相在任中の2000年に病に倒れて急逝した後を受け継いで政界入り。当時の小渕派(平成研究会=現在の茂木派、かつての経世会)は最大派閥で、小渕内閣で官房長官を務めた青木幹雄・元自民党参院議員会長(88)に目をかけられ、将来の首相候補として期待された。
2001年に清和会(現在の最大派閥、安倍派)の小泉政権が誕生した後、平成研は徐々に弱体化した。しかし青木氏は清和会に君臨する森喜朗元首相(85)と早大卒の強力なつながりがあり、清和会時代に入っても参院のドンとして君臨。自民党が下野した後の2010年に政界を引退した後も隠然たる影響力を残した。
平政研は小渕内閣以降は有力なリーダーが現れず、長らく清和会支配に屈して首相を輩出できなかった。
小渕氏は安倍政権下の2014年に経産相に起用されたが、週刊新潮に公選法違反疑惑を報じられ、「議員として、政治家としての説明責任を果たしていきたい」として辞任。その後も地元関係者が電動ドリルでパソコンのハードディスクに穴を開けて証拠隠滅を図ったことが発覚したが、小渕氏は疑惑の数々について説明責任を果たすことなく、表舞台から遠ざかっていた。
平成研で頭角を現したのは、日本新党で初当選した後に自民党入りした「外様組」の茂木敏充氏(67)だった。安倍晋三氏や麻生太郎氏(82)に引き立てられて外相や経産相などの要職を次々に歴任。岸田政権では麻生氏の後押しでついに幹事長に就任し、第二派閥・平成研の会長の座も手に入れたのである。
青木氏は茂木氏を一貫して好まず、小渕氏を側面支援した。茂木氏はこれに対抗して小渕氏を遠ざけ、小渕氏の入閣案が浮かんでは横やりを入れてつぶしてきた。麻生氏も茂木氏を後押しし、小渕氏の登用に立ちはだかってきたのである。
平成研は麻生氏を後ろ盾に岸田政権の中枢を占める茂木氏に近い勢力と、青木氏を後ろ盾にする小渕氏への世代交代を期待する勢力の間で小競り合いが続いてきた。
一方、青木氏の盟友である森元首相も引退してもなお最大派閥・清和会に絶大な影響力を残している。安倍氏が今夏の参院選で凶弾に倒れた後は清和会の次期リーダー候補として、萩生田光一政調会長(59)、西村康稔経産相、松野博一官房長官、高木毅国対委員長、世耕弘成参院幹事長の5人の名を挙げたが、そのなかでも本命は萩生田氏と目されている。
以上の政治状況を踏まえたうえで、週刊新潮の記事をのぞいてみよう。
記事はまず、内閣支持率の続落に苦しむ岸田首相が11月21日夜、母校・早大の大隈庭園内で、早大の先輩にあたる森氏や青木氏に加え、小渕氏も交えて2時間半にわたって会食したことから始まる。
話題は次の内閣改造・党役員人事に及び、いまなお清和会の実質的オーナーである森氏は萩生田氏の起用を、平成研の実質的オーナーである青木氏は小渕氏の登用を求めたというのだ。
岸田首相はこの話に心が動いた。政権発足当初は麻生氏を後見人として第二派閥・茂木派ー第三派閥・麻生派ー第五派閥・岸田派で主流派を固めたものの、茂木氏はポスト岸田への意欲を隠さず、旧統一教会の被害者救済法案でも立憲民主党との連携強化を目指す岸田氏の意向を無視して国民民主党を重視するなど、独自路線を強めている。岸田首相は茂木氏への警戒感を強め、首相と幹事長の間がぎくしゃくしているのは公然の事実となっていた。
週刊新潮は「旧統一教会の被害者救済に向けた新法の策定を巡り、岸田総理は“幹事長は目立ちたがり過ぎだ”と不満を漏らしている。党所属議員と旧統一教会との接点調査に関する不手際もあり、総理は真剣に幹事長の交代を検討し始めています」という政治部デスクの見立てを伝えたうえ、11月の岸田ー森ー青木ー小渕会談では「萩生田幹事長、小渕官房長官」や「萩生田官房長官、小渕政調会長」という構想が話し合われたと報じている。
茂木氏の後ろ盾である麻生氏も、小渕氏が連合の芳野友子会長を麻生氏に紹介したことをきっかけに小渕氏を評価するようになり、茂木氏への風当たりが強まるなかで「幹事長更迭」に傾きかけているという。麻生派で義弟の鈴木俊一財務相(69)を幹事長に起用することと引き換えに茂木氏を切り、萩生田氏と小渕氏で官房長官と政調会長の中枢ラインを固める人事構想を受け入れる可能性もあるだろう。
週刊新潮が描く内閣改造・党役員人事が実現すれば、岸田政権は政界を引退した森氏と青木氏に加え、自民党副総裁として今なお君臨する麻生氏をあわせた「80歳超えの長老3人」を後ろ盾に、萩生田氏が主導権を握る最大派閥・清和会、茂木氏から小渕氏へ主導権が移る第二派閥・平成研、第三派閥・麻生派、第五派閥・岸田派に支えられて安定を取り戻すことになる。
もちろん事はそう簡単には運ばない。この枠組みから外れているのは、岸田首相や麻生氏の政敵である菅義偉前首相(74)や第四派閥を率いる二階俊博元幹事長(83)、萩生田氏に主導権を奪われたくはない清和会の西村康稔経産相や松野博一官房長官ら有力者たち、そして更迭されることになる茂木幹事長だ。
岸田首相が打ち上げた防衛増税に閣内から反旗を翻した高市早苗経済安保相(61)や高市氏を熱狂的に支持する右派言論界など安倍支持層も反発するだろう。さらには菅氏や二階氏と親しく、岸田首相や麻生氏と距離のある公明党も警戒感を強める可能性もある。萩生田氏は森氏に後押しされているだけではなく、菅氏とも気脈を通じており、今後の政局のキーパーソンといえるだろう。
さて、「1兆円の防衛増税」を打ち上げながら年内決着に至らず、増税時期の決定を来年の税制改正に先送りした岸田首相が、はたして年末年始に政権中枢を組み替える内閣改造・党役員人事を断行できるか。失敗すれば一挙に政権崩壊を招きかねない危険な賭けでもある。
その結果として小渕氏が「初の女性首相」候補の一番手に躍り出るかどうかも決まってくるだろう。