通常国会が終わり、夏休みが近づくと、霞ヶ関は人事の季節を迎える。今夏の人事のトピックスは、安倍・菅政権で冬の時代が続いた財務省の復権だ。
霞ヶ関でとりわけ注目を集めているのは、復興庁の事務次官に、財務省出身の角田隆氏が起用された人事である。
復興庁の事務次官はこれまで、国土交通省の旧建設官僚と、総務省の旧自治官僚が1年交代で就任してきた。今年は総務省の順番だったが、財務省にポストを奪われた格好だ。
総務省の後ろ盾は菅義偉前首相である。しかし現在の総務相は、菅氏の政敵である麻生太郎副総裁が率いる麻生派の松本剛明氏。麻生氏は安倍政権で副総理兼財務相を務めた財務族のドンだ。菅氏の牙城だった総務省は麻生氏を後ろ盾とする財務省に押され気味である。
岸田政権で菅氏が非主流派に転落し、麻生氏が主流派に返り咲いたことを象徴するのが、復興庁の事務次官人事といえるだろう。財務省はこの夏、その他の省庁人事でも着実に陣地を広げた。
財務省は安倍・菅政権下で冷遇された。
安倍首相が率いた清和会(安倍派)は戦後日本で長らく非主流派に甘んじ、主流派の経世会(現茂木派)、宏池会(現岸田派)、財務省、外務省にルサンチマンを抱いている。安倍首相は霞ヶ関の非主流派だった経産省と警察庁を重用し、財務省を遠ざけた。いわば積年の恨みを人事で晴らしたといえるだろう。
菅官房長官も安倍首相のルサンチマンに共鳴した。財務省よりも総務省を優遇しただけではなく、財務省の人事にも介入し、主流の主計局ではなく、自らの秘書官を務めた非主流の主税局畑の矢野康治氏を事務次官に押し込んだ。
財務省の頼みの綱は、麻生副総理兼財務相だった。安倍・菅官邸に対抗し、麻生氏を前面に押し立て、二度の消費税増税をなんとか実行したのである。この「安倍・菅官邸vs麻生財務省」の対決構図抜きには、安倍政権を揺るがした森友学園問題や加計学園問題を理解することはできない。
岸田政権が誕生し、菅氏が非主流派に転落し、さらには安倍氏が急逝したことで、もっとも息を吹き返したのは財務省である。
岸田派(宏池会)は池田勇人、大平正芳、宮沢喜一ら旧大蔵省出身の首相を輩出し、財政再建や増税に最も理解がある。岸田首相の最側近である木原誠二官房副長官(岸田派)は財務省出身であり、筆頭秘書官(政務)に起用された嶋田隆氏は経産省出身だが、大物財務族として鳴らした与謝野馨元官房長官の右腕として知られた筋金入りの財政再建派だ。
自民党には財務省の用心棒である麻生氏が副総裁として陣取っている。岸田派は第四派閥にすぎず、財務省としてはコントロールしやすい。安倍・菅政権下で経産省や警察庁、総務省に奪われたポストを取り戻すだけではなく、悲願の増税を進めるには「願ってもない布陣」が整ったのである。
ところが、肝心の岸田首相が誤算だった。
当初は弱小派閥の領袖らしく「聞く力」を掲げて謙虚なそぶりをみせ、長期政権への意欲も隠していた。ところが、安倍氏が他界し、キーウ訪問や広島サミットで内閣支持率が上昇すると、一転して長期政権への意欲を隠さなくなり、財務省のコントロールが効かなくなってきたのだ。
岸田首相が自ら煽りに煽った6月解散風は、首相が「2024年秋の自民党総裁選前に衆院解散・総選挙を断行して勝利し、事実上の無投票再選を果たす」という野望を抱いているとの警戒感を政官界に広めた。それと歩調をあわせるように、岸田首相は国民に不人気な増税論議を封印するようになり、財務省が何を進言しても「聞かない力」を発揮して退けるようになったのである。
増税に後ろ向きな首相は、財務省にとって「障害」である。むしろ内閣支持率が下落し、首相が総裁再選をあきらめ、24年秋の総裁選での勇退を前提に、レガシーとして増税に取り組んでくれれば・・・そんな期待が財務省で広がり始めた。
頼みの麻生氏の政治力にもかげりが見え始めた。
昨年末には最側近の薗浦健太郎氏(麻生派)が政治資金パーティーの収入を約4000万円少なく記載していた問題で議員辞職に追い込まれた。地元・福岡では政敵の武田良太元総務相(二階派)とことごとくぶつかり、麻生離れの動きも出ている。6月解散風でも麻生氏は岸田首相から真意を告げられず、解散ありなしの見通しをめぐって発言が揺れた。
その麻生氏がポスト岸田に推すのは、茂木敏充幹事長(茂木派)だ。
岸田政権誕生の最大の立役者である麻生氏は当初、麻生派の甘利明氏を幹事長にねじ込んだが、甘利氏が衆院選の小選挙区で落選して幹事長を辞任すると、茂木氏を引き立てて幹事長に押し込み、岸田総裁ー麻生副総裁ー茂木幹事長で主流派を固めたのだ。
茂木氏は外相や経産相を歴任したが、財務省とは縁が薄い。財務省にすれば、茂木政権が成立して財政再建や増税に取り組んでくれるとは思えない。高齢の麻生氏が退けば、なおさらだ。つまり財務省は茂木政権を阻止したいのである。
茂木幹事長に対抗する「ポスト岸田」候補をつくることが、財務省の喫緊の課題となったのだ。
そこで財務省が白羽の矢を立てたのが、茂木派のホープである小渕優子・元経産相である。
父・小渕恵三首相は最大派閥・小渕派(現茂木派)を率いて自公連立を成し遂げたものの、在任中に病に倒れて他界した。私は当時、小渕首相番記者として財務省出身の首相秘書官の取材を担当していたが、小渕官邸と財務省の関係は濃密だった。小渕氏に派閥を譲った竹下登元首相は消費税導入を進めた財務族のドンである。
財務省は今春、自民、立憲、維新、公明、国民の国会議員85人を集めて「日本社会と民主主義の持続可能性を考える超党派会議」を立ち上げ、その筆頭代表世話人に小渕優子氏を押し立てた。立憲からはミスター消費税の野田佳彦元首相が顧問として参加している。
政財官界で「持続可能性」という言葉を使う時は例外なく「財政再建」「増税」を意味している。この超党派会議は、財務省が増税大連立を視野に増税論議の機運を高める意図でつくったのは間違いない。その時の首班候補の筆頭に小渕氏が躍り出たとみていいだろう。
財務省は、10年にわたって財務省の後見役だった82歳の麻生氏を見切りはじめ、小渕氏に乗り換えつつあるというのが私の見立てだ。
小渕優子政権への第一歩として注目されるのが、この夏の内閣改造・自民党役員人事だ。
ここで岸田首相がライバルである茂木幹事長を更迭し、茂木派のホープである小渕氏を官房長官に起用して「ポスト岸田」に引き立てるというのが、私がかねてから予測してきた人事である。これは「茂木潰し」という側面に加え、岸田政権の後継として小渕政権を想定する財務省の意向に沿ったものともいえる。
小渕氏は同世代である木原官房副長官と親しい。岸田ー木原ー小渕ー財務省のラインが当面の政局の安定と将来の増税を視野に岸田政権から小渕政権へのバトンタッチということで握り合い、今夏の人事で小渕抜擢に踏み切る可能性は十分にある。
小渕氏の最大の後ろ盾だった参院のドン・青木幹雄氏(小渕内閣の官房長官)は6月に他界したが、青木氏と盟友関係を結んでいた森喜朗元首相が小渕氏抜擢を主張しているのも小渕氏には追い風だろう。
小渕恵三氏は竹下内閣官房長官として新元号「平成」の看板を掲げ、菅義偉氏は安倍内閣官房長官として「令和」の看板を掲げ、それぞれ全国的に名を知られるようになり、首相への階段を登った。
小渕優子氏も岸田内閣の官房長官に就任すれば一挙に「ポスト岸田」へ躍り出て、「初の女性首相」への期待感が高まるだろう。それこそ、財務省が描く増税シナリオだと私はみている。
もちろん茂木氏を更迭すれば、麻生氏は黙っていない。これから茂木氏留任に向けた反撃を始めるのは間違いない。森元首相や財務省に配慮して小渕氏を取るのか、麻生氏に配慮して茂木氏を取るのか、岸田首相の最終決断が注目される。
鮫島タイムスYouTubeでも財務省と小渕優子氏の関係について詳しく解説しています。