警察権力の恐ろしさを痛感する事件が沖縄で起きた。6月6日の沖縄タイムスの報道をまずはご覧いただきたい。
沖縄県の東村高江の米軍北部訓練場のメインゲートで米軍車両や軍雇用員らの通行を妨害したとして、威力業務妨害の疑いで県警が4日午前、チョウ類研究者の宮城秋乃さん(42)の自宅を家宅捜索したことが分かった。識者は「過剰な捜査だ」と指摘している。
宮城さんによると、捜査員ら約10人が東村の自宅内や倉庫を約1時間半かけて捜索。車や書籍類などの写真を撮影し、タブレット端末やパソコン、ビデオカメラなどを押収したという。(中略)
沖縄弁護士会に所属する加藤裕弁護士は「宮城さんの行動は『威力』とは言い難く、保護されるべき政治的表現の自由の一つ。県警の捜査は過剰で政府に反対するような運動を抑制しようとする行為だと言わざるを得ない」と指摘した。
米軍、威力業務妨害、家宅捜索…おどろおどろしい言葉が並び、沖縄の基地問題に関心が薄い人にはすんなり頭に入ってこない記事である。よく読むと、蝶研究者である宮城さんが「米軍車両や軍雇用員らの通行を妨害した」疑いで警察にパソコンやカメラなどを押収された「事件」であることがわかる。
いったい、何があったの? この記事だけでは全貌は見えない。
沖縄タイムス出身で立憲民主党の屋良朝博衆院議員のツイートを読むと、事件の構図が見えてくる。以下のツイートをクリックすると、屋良さんのツイート三連投が出てくる。ぜひ読んでいただきたい。
このツイートが伝えていることは、①米軍が沖縄北部の訓練場を返還する際、大量のゴミが回収されずに放置された②蝶研究者の宮城さんは米軍訓練場だった森に入るたびに、米軍が残したゴミを拾って回収し、米軍に返すために基地ゲートの前に置いた③警察はこの行為を通行妨害と判断して宮城さんの自宅を家宅捜索したーーということである。
屋良議員はそのうえで「今回の警察の対応はこうした背景をまるで考慮せず、本来は地道なゴミ拾いに感謝すべき宮城さんを狙い撃ちした。看過できない」と結論づけている。
宮城さんの行動が単なる「ゴミ拾い」なのか、回収したゴミを米軍基地のゲートの前に置くことで抗議の意を示す「政治的行動」なのかは、本人に聞いてみないとわからない。おそらく「政治的行動」であると私は思う。だからといって、警察の家宅捜査が正当化されるわけではない。いや、むしろ「政治的行動」だからこそ、宮城さんの行為は憲法21条が定める「表現の自由」として手厚く保護されなければならない。
警察はこの「通行妨害」を捜査するために、宮城さんの自宅を家宅捜索し、パソコンやカメラを押収する必要が本当にあったのか。この「通行妨害」はそこまでして捜査するに値するものなのか。沖縄タイムスに掲載されたゲート前の写真をみるとそうは思えない。
これは宮城さんの「表現の自由」を侵害する「違憲捜査」ではないのか。これでは香港の人々の「政治的自由」を力で押さえ込む中国政府と同じではないかーー国家権力の監視を旨とする新聞社は本来、そこまで指摘しなければ記事として成立しないと私は思う。沖縄タイムスの記事は末尾の弁護士のコメントで「表現の自由」の侵害にしっかり触れている。
これは警察権力による重大な人権侵害である。憲法が定める「基本的人権」を守るため、新聞社が最も手厚く報じなければならない「事件」なのだ。とりわけ警察を担当する社会部はもっとも敏感に反応しなければならない「事件」である。
ところが、全国紙にはこの事件を伝える記事はほとんど見当たらない。まして警察による「表現の自由」の侵害に強く警鐘を鳴らす深い論考は見当たらないのである。いったいこれはどういうことだろう(私が5月末まで所属した朝日新聞社の言論サイト「論座」には「沖縄県警は、なぜチョウ類研究者宅を家宅捜索したのか」という記事が出ている。論座OBとして誇らしい記事だ)。
私は6月7日に東京新聞の望月衣塑子記者のツイートでこの事件を知り、思わず以下を投稿した。
社会部の警察担当記者が「警察による人権侵害」以上に重視する取材テーマなどあるだろうか。捜査情報をリークしてもらって他社より一足早く報じる自己満足の「特ダネ」など書かなくていいから、「警察による人権侵害」の実態を厳しく追及し、国民の基本的人権を守ってほしい。それこそ、新聞社の責務である。
この問題にはもうひとつ見逃せない視点がある。国会で審議中の「重要土地利用規制法案」との関係だ。
この法案は6月1日に衆院本会議で、自民、公明、維新、国民民主などの賛成多数で可決され、参院に送られた。今月16日までの今国会で成立する可能性が強まっている。このニュースをNHKは以下にように報じている。
この法案は自衛隊の基地や原子力発電所といった重要施設の周辺などを「注視区域」や「特別注視区域」に指定し、利用を規制するもので「特別注視区域」では、土地や建物の売買の際に事前に氏名や国籍の届け出などを義務づけています。
法案は1日の衆議院本会議で採決が行われ、自民・公明両党と日本維新の会、国民民主党などの賛成多数で可決され、参議院に送られました。
政府 与党は、参議院で速やかに審議に入り、今月16日までの今の国会で成立させたい考えです。
う〜ん、これでは法案の中身や問題点がよくわからない。NHKは毎度の如く、法案の問題点を野党に語らせている。
立憲民主党の安住国会対策委員長は、記者団に対し「準備不足で穴も非常に多い法案だ。私権が制約されたり、プライバシーが侵害されたりすることへの歯止めをどうかけていくのか、すっきりとした線引きができていない点が反対の理由だ。法案が未成熟である以上は、参議院側ともよく相談し、廃案を求めていきたい」と述べました。
う〜ん、これでもよくわからない。内容もさることながら、「野党に批判させて両論併記する」傍観的報道にはもううんざりだ。記者が主体的に問題点を指摘する報道はできないのか。大手新聞など他のマスメディアも似たり寄ったり。この法案の問題点を大々的に報じるキャンペーンを展開する気配はない。
5月31日「週刊金曜日」はこの法案を以下のように説明している。
安全保障上重要とされる施設周辺の土地・建物の所有者や利用者を調査・監視し、土地・建物の取引や利用を規制。従わなければ罰則を科す――というのが同法案の趣旨。ただ、指定される区域や施設が明示されておらず、調査対象となる個人についてもどのような情報が収集されるのかが明確ではない。菅政権が3月26日にこれを閣議決定すると、NGO(非政府組織)や市民団体から反対声明が相次ぎ、5月9日時点でその数は175団体に上っている。
なるほど、米軍基地周辺の利用者を調査・監視したうえ、罰則を科す場合もあるってことか。これって、沖縄の蝶研究者、宮城さんのことではないか!
この法案では、政府が指定した施設に対する「機能を阻害する行為」とみなされれば、刑事罰が科される可能性がある。どんな行為が罰せられるか、あいまいなのだ。米軍基地反対運動が「狙い撃ち」される危険は払拭できない。米軍が返還した訓練場に散乱するゴミを拾って米軍基地ゲート前に置いた宮城さんも十分に「刑罰の対象」になりうるということだろう。
反対運動の先頭に立っている海渡雄一弁護士はこの法案の問題点について①すべての要件があいまい②どういう行為が刑罰の対象になるかもわからない③戦後ずっと認めてこなかった軍事目的の収用を事実上可能に ④憲法9条に反するーーをあげている。
もしかしたら、警察はこの法案の成立を間近に控え、沖縄でそれを先取りするかたちで、宮城さんの家宅捜査に踏み切ったのかもしれない。法案が成立したら、真正面から「合法的」に強制捜査を強め、基地反対を訴える「政治的活動」を押さえ込む魂胆なのではないかーーそうした「国家権力の合法的な暴走」に懸念を抱くのは、きわめて合理的な政治的考察である。
法案が成立してから反対しても遅い。法案審議中のいまこそ、この法案が抱える問題点をアピールし、法案成立を阻止しようと考えるのは、極めてまっとうな言論活動・政治活動である。
そして、透明で公正な国会審議を実現するため、まさに国会審議が進行中のいま、この法案に潜む問題点を浮き彫りにし、さらには沖縄で同時並行的に勃発した宮城さんの家宅捜索事件を関連づけて報じることこそ、「国会でいま進行している法案審議の意味」を有権者にわかりやすく伝える政治報道の重要な役割ではないか。
宮城さんの家宅捜索事件は沖縄県警だけの問題ではない。米軍基地への反対運動を押さえ込む国策の一環として、今国会での成立が目前に迫る「重要土地利用規制法案」があり、その法律を根拠に「合法的」に「表現の自由」を抑圧する警察組織がある。東京・永田町と沖縄・東村高江で今まさに同時並行で起きている二つの事象を、私はそう関連づけてみている。
社会部が追うべき「国家が個人の人権を侵害する事件」と、政治部が追うべき「国家が合法的に不特定多数の人権を侵害するための法案」。これは本来、新聞社が編集局をあげて取り組むべきテーマなのだ。
残念ながら、縦割り主義・傍観主義がはびこる今の新聞社から、そうした深掘りの解説記事は出てきそうにない。沖縄で現実に起きた事件と現在進行中の国会審議を関連づける視点こそ、「政治報道」のあるべき姿だ。現場の政治記者たちにそうした視点を持ってほしいという願いを込めて、新コーナー「政治を読む」の初回に今回の事件を取り上げた。
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