小泉進次郎農水大臣が「もう減反はやめる」と宣言した。
これは単なる農政改革の話ではない。戦後日本の農政を支配してきた「鉄のトライアングル」――農水省、農林族議員、農協――に対する真正面からの挑戦状だ。
戦後一貫して続いてきた「減反政策」。これは、コメの生産量を抑えて価格の下落を防ぎ、農協の経営を安定させるためのものだった。
農協はコメの販売手数料で収益を得るため、価格が下がると打撃を受ける。農水省は農協の経営を守るため、全国の農家に「生産調整」という名目で減反を求め、米価を人為的に高止まりさせてきたのだ。
政府は2018年に「減反廃止」をうたったが、実際には農協を通じて「生産量の目安」を示し続け、補助金をばらまいて麦や大豆への転作を奨励している。これは、事実上の減反継続にほかならない。
進次郎の「脱・減反」発言は、この偽装された農政の根幹にメスを入れた格好だ。
だが、当然ながら「鉄のトライアングル」は猛反発している。
農水官僚は農協に天下り、農水族議員は選挙支援の見返りに農協に有利な政策を推進してきた。減反は、まさに彼らの利権の核心なのだ。
そして、反発は農家からも起きている。かつて国策に従い米作りをやめ、麦や大豆に切り替えた農家にとって、「今さら戻れ」と言われても困る。補助金の打ち切りに加え、田んぼへの転換には大きなコストがかかる。農協に依存してきた中小農家にとっては、米価の下落は即、生活の不安に直結する。
一方で、インターネット販売などで直接販路を開拓し、農協に頼らず高品質米を高値で売る「強い農家」も存在する。彼らにとって、農協支配の弱体化はむしろ歓迎すべきことだ。
しかし、現実には大多数の農家が農協の価格設定と補助金に依存しており、そこから抜け出すことは容易ではない。
この構造を打破するためには、「農協を守る農政」から「農家を守る農政」へと大転換が必要だ。その切り札となるのが、政府が農家の所得を直接補償する「戸別所得補償制度」である。
この制度は、民主党政権時代に一度導入された。コメの価格が下がっても、農家の収入を政府が補填する仕組みで、農家は安心して増産に踏み切れる。
一方で、米価下落によって販売手数料が減る農協にとっては打撃であり、利権構造を揺るがす制度でもある。
戸別所得補償制度が再導入されれば、農協を介さずに政府が農家と直接向き合う形となり、「鉄のトライアングル」の支配力は確実に弱まるだろう。
だが、ここで立ちはだかるのが、財務省である。農水省ではない。
制度の実現には年間数千億円の財源が必要になるが、財務省は「財源なき政策は悪」とする「財政収支均衡論」に固執し、支出を極力抑えようとする。彼らにとっては、農家への直接補償よりも、農協を通じた補助金バラマキのほうが「安上がり」で都合がよいのだ。
しかも、現政権の石破茂首相も、野党第一党の立憲民主党の野田佳彦代表も、財政規律重視の姿勢を崩していない。減税にも消極的な両者が、果たして「戸別所得補償制度」のような積極財政に踏み切れるかは、きわめて疑わしい。
だが、米価高騰の本質は、コメの絶対的な供給不足にある。備蓄米の放出では一時しのぎにしかならず、増産なくして本質的な解決はありえない。そして、農家の安心なくして、増産は実現できない。つまり、農家への直接支援が不可欠である。
米政策は、結局のところ、財政政策である。鉄のトライアングルの利権構造と、財務省の緊縮財政思想という、日本の二大既得権益に真っ向から挑まなければ、国民の主食であるコメすら安定供給できないという現実。それが、小泉進次郎の「脱・減反」発言が浮かび上がらせた、日本農政の本質である。