「参院の乱」――。それは単なる予算攻防ではない。高市早苗政権が進める「一強体制」に対する、最後の抵抗が表面化した瞬間である。
発足から5カ月。内閣支持率は60~70%台という高水準を維持し、総選挙では自民党が単独で3分の2を超える316議席を獲得した。野党は分裂し、中道勢力は低迷。通常であれば、政権運営は盤石のはずだった。
しかし、高市政権には明確な弱点がある。党内基盤の脆さだ。麻生太郎副総裁との距離を取り、「麻生切り」を進めたことで、従来の権力バランスを崩した。さらに、国民民主党との関係も悪化し、連立拡大の機運は消滅。高支持率と衆院の圧倒的多数によって抑え込まれているが、自民党内にも不満がくすぶり続けている。
その「不満の受け皿」となっているのが参議院だ。衆院とは異なり、参院では与党が過半数を割り込む。定数248に対し、現在は欠員1で247。勢力はほぼ拮抗し、首班指名でも与党123、野党123という同数構造だ。最終的には議長判断という例外的な局面に委ねられる可能性すらある、不安定な力学である。
制度上、予算は衆院優越で成立し、法案も衆院で再可決すれば成立する。だが、参院は審議日程を握ることで、政権に実質的な圧力をかけることができる。今回の「年度内成立断念」は、その象徴的な一撃だった。
参院自民党は、そもそも衆院とは性格が異なる。任期6年で解散もなく、「常在戦場」の論理が働かない。業界団体に支えられる比例代表の構造もあり、議員の忠誠心は総理よりも支持基盤へ向きやすい。かつての「貴族院」の系譜を引く「良識の府」という自己認識も、衆院への対抗意識を強めている。
こうした土壌の上で、参院は独自の権力構造を形成してきた。かつては青木幹雄元官房長官が「参院のドン」として君臨し、平成研究会(旧茂木派)や宏池会(旧岸田派)といった派閥が業界団体と結びついて影響力を持った。その後、安倍晋三政権下で清和会(旧安倍派)が拡大し、参院にも勢力を広げたが、裏金事件でその構図は崩壊した。
その象徴が安倍派5人衆として権勢を誇った世耕弘成氏の失脚である。安倍側近として参院幹事長まで上り詰めたが、裏金問題で離党に追い込まれた。衆院へ転じて復活の道を探るが、今の参院執行部は復党に強く抵抗している。ここに、参院独自の権力意思がはっきりと表れている。
現在の参院自民党を束ねるのが、幹事長の石井準一氏だ。叩き上げの政治家で、旧茂木派に属していたが、裏金問題による派閥解消の動きを先取りして離脱。派閥横断的な影響力を持つ。参院では「反世耕」「反旧安倍派」の軸が形成されており、高市政権を支える旧安倍派の復権に警戒感が強い。
さらに、参院議員会長の松山政司氏は旧岸田派。岸田元首相は対米関係でバイデン政権と近く、対トランプ路線を強めるなど、高市政権とは外交スタンスでも距離がある。参院は、こうした「反高市連合」の拠点となりつつある。
衆院で圧倒的多数を握る高市政権にとって、参院は数少ない制約要因だ。法案そのものを止めることは難しくても、「慎重審議」や「否決」を通じて「政権の暴走」という印象を世論に植え付けることはできる。大臣のスキャンダルに対する問責決議なども、有効な揺さぶりとなる。
さらに重要なのは、憲法改正である。発議には参院でも3分の2が必要であり、ここで参院自民党が結束して抵抗すれば、高市政権の看板政策は頓挫する。2年後の参院選は、この対立軸が前面に出る可能性が高い。
今回の予算をめぐる攻防――年度内成立の断念は、単なる手続き上の失敗ではない。高市政権と旧安倍派に対し、参院自民党が突きつけた「最初の拒否権」である。
高市一強体制は、完成に向かっているように見えて、その足元では確実に亀裂が広がっている。参院という「もう一つの自民党」が、どこまで抵抗を続けるのか。日本政治の次の局面は、この見えにくい戦場から動き出す。