小選挙区に手を付けた瞬間、政治は生存競争へ転じる。
自民党と日本維新の会が合意した「衆議院定数の1割削減」が、永田町を大きく揺さぶっている。当初、維新が主張していたのは「比例代表50削減」だった。だがこの案は消え、最終的には「小選挙区25、比例20」を抱き合わせで削減するという、急転直下の合意に落ち着いた。
一見すると、単なる数合わせの修正に見えるかもしれない。しかし、小選挙区に手を付けた瞬間から、政治の空気は一変する。比例だけなら、大物議員にとってはどこか他人事だ。ところが、小選挙区が減るとなれば話は別。全国各地で、議員同士の生き残りをかけた「仁義なき椅子取りゲーム」が始まる。永田町がざわつくのも無理はない。
もともと定数削減は、自民・維新の連立合意の柱だ。維新は自民党の裏金事件を受け、企業・団体献金の禁止を要求したが、自民党はこれを拒否。その代替策として浮上したのが「身を切る改革」、すなわち定数削減だった。
比例50削減は、自民党と維新にとって比較的痛みが少ない案だった。一方で、公明党や共産党、れいわ新選組、参政党などの中小政党には壊滅的な打撃となる。立憲民主党も、公明党との連携を意識し、この案には強く反発していた。比例だけを狙い撃ちすれば、野党が一斉に結束し、世論の批判を招きかねない。自民党内には、そうした危機感が広がっていた。
加えて、維新は非主流派に転じた菅義偉元首相と近く、現在の自民党執行部を握る麻生太郎副総裁とは距離がある。このまま維新の思惑通りに進むことに、麻生氏が抵抗感を持ったとしても不思議ではない。そこで自民党が打ち出したのが、小選挙区も削る対案だった。
この切り返しによって、立憲や公明は定数削減そのものを否定しにくくなり、維新も妥協を選んだ。こうして連立合意は成立したが、その代償として、今度は自民党内から激しい反発が噴き出した。小選挙区の削減は、お国替え、公認争い、さらには大物同士の正面衝突を意味するからだ。
前回の衆院選で、和歌山2区では二階俊博元幹事長の三男と、世耕弘成元参院幹事長が激突し、世耕氏が圧勝した。同様のドラマが、全国で同時多発的に起きる可能性がある。
仮に今国会で削減法案が成立すれば、具体的な区割りは1年間かけて協議される。もっとも、協議がまとまらなければ、自動的に「小選挙区25、比例20削減」が発動される仕組みだ。実務的には、有識者による審議会が、最新の国勢調査を基に区割りを作成することになる。最大の基準は、1票の格差だ。
すでに自民党本部では、小選挙区25削減を想定した極秘シミュレーションが出回っている。削減対象は20都道府県。東京都は30から27へと3減、神奈川、大阪、千葉が2減。大阪で全勝してきた維新も、無傷では済まない。茨城や栃木、群馬などの保守王国では、自民党同士の潰し合いが避けられないだろう。
中でも象徴的なのが鳥取県だ。住民基本台帳ベースで全国最少人口の鳥取1区は、石破茂前総理の選挙区である。鳥取2区は、その最側近で経済産業大臣の赤沢亮正氏。常識的に考えれば、2つの区を統合した全県区となり、両者が激突する構図が浮かぶ。
自民党は従来、この手の問題を比例単独で処理してきた。しかし中国ブロックの比例枠はすでに限界に近い。比例20削減が重なれば、赤沢氏を比例に回す余地はほとんどない。親分と子分の直接対決が現実味を帯びてくる所以だ。
野党側でも、香川県が注目される。香川1区は立憲民主党の小川淳也氏、2区は国民民主党代表の玉木雄一郎氏。仮に3区から2区へ削減されれば、玉木氏は小川氏と戦うか、自民党と戦うかの選択を迫られる。
その判断は、国民民主党が立憲と政権交代を目指すのか、それとも自民党との連立を視野に入れるのかという、党の戦略と直結する。選挙区選びそのものが、政権構想の表明になるわけだ。
定数削減は「改革」の名を借りた制度論に見える。しかし、その実態は残酷な生存競争である。鳥取、香川に象徴されるように、区割りの線引きひとつで、政治家の運命と政局の構図は大きく書き換えられる。永田町ではすでに、落選レースの号砲が鳴り響いている。