朝日新聞が10月19、20日に実施した全国世論調査の結果にはふたつの驚きがあった。
ひとつは消費税について「10%のまま維持する方がよい」が57%にのぼったことである。
立憲民主党は消費税5%への時限的な減税を目玉公約に掲げているが、「一時的にでも引き下げる方がよい」は35%にとどまっている。比例区投票先に立憲民主党を挙げた人の54%、共産党を挙げた人の42%が「維持」を選んでいるのだ。
自公政権は消費税を社会保障の財源に使うとして税率を引き上げる一方、法人税減税を繰り返して大企業を潤わせてきた。1989年の消費税導入以降、消費税収の累計は263兆円。法人税の減収の累計は193兆円。実に消費税収の73%が法人税の減収で消えた計算だ。
しかし、国民の間には自公政権が流布している「消費税は社会保障の充実に使われている」という「誤認識」が定着している。消費税を減税すれば社会保障の財源が不足し、医療・介護・年金が切り捨てられるという不安感が高齢世代を中心に強まっている。
裏を返せば、立憲民主党など野党は「消費税は社会保障の財源ではなく、法人税減税の穴埋めに使われている」という事実を国民に周知できていないのだ。
政策論争以前の問題として、正しい現状認識を拡散させる発信力で自公与党に遅れをとっているといっていい。
この世論調査から言えるもうひとつのことは、高齢化の進展を踏まえ、社会保障の充実を求める高齢世代の政治的発言力が強まっているということである。
日本は1990年代半ばからデフレ経済が続いている。デフレとは簡単にいうと物価も賃金も上がらない状態だ。物価も賃金も上がるインフレの逆である。このデフレは既得権益層に圧倒的に有利なのだ。
物価が上がるインフレでは、お金持ちは手持ち資産や資金を投資したり運用したりして増やさなければ、相対的に自らの資産や資金は目減りしていく。投資や運用の結果次第ではさらに豊かになるが、それに失敗すれば没落する恐れもある。逆に手持ち資産や資金のない若者でも投資や融資を受けるチャンスが膨らむ。
インフレは相対的に「下剋上」といっていい。格差が拡大する恐れもあるが、格差が固定される可能性は小さい。相対的にみて、高齢者より若者に有利なのだ。
一方、デフレでは、お金持ちは手持ち資産や資金を無理に投資したり運用したりしなくても、それらが目減りすることはない。国債などで安定運用さえしていたら、経済的に没落するリスクは皆無だ。一方、手持ち資産や資金を持たない若者は投資や融資を受けてビジネスで成功するチャンスが減る。働いても賃金は上がらず、いちから資産を形成するのはとても困難なのだ。
デフレは「格差を固定」させる。大企業や富裕層に加え、老後の資金を蓄えている人々にとってはデフレのほうが好ましい。一方、預貯金のない人々にとっては賃金は上がらず、生活が上向く見通しがまったく立たず、閉塞感・停滞感に覆われ、絶望に追い込まれかねない。若い世代には圧倒的に不利なのだ。
消費税はそれなりの蓄えがあり安定した年金収入のある人々よりも、非正規労働など不安定な雇用環境にある現役世代・若い世代に負担感が強い税制である。大企業よりも中小零細企業にしわ寄せがいく税制である。
デフレ経済のなかで消費税だけが増税されれば、たとえ社会保障が充実したとしても、日々の生活に苦しんでいる非正規労働者や中小零細企業はいっそう苦しい状況に追い込まれるだけだ。
立憲民主支持層の54%、共産支持層の42%が党の目玉公約とは裏腹に「消費税の維持」を望んでいるという世論調査結果は、2党が比較的余裕のある高齢世代を中心に支えられていることを示しているのではないか。「格差是正」を訴える両党の姿勢と、両党の支持層の政治的要求は、必ずしも一致していない可能性があるということだ。
これに対し、れいわ新選組の政治的立場は鮮明な「格差是正」だ。消費税5%への時限的減税にとどまらず、消費税廃止を掲げていることはその象徴である。そればかりではない。大胆な財政出動で弱者を徹底的に救済する公約の数々は、デフレ脱却を優先し、インフレを志向している。「格差の固定」より「下剋上」、高齢世代より若い世代の立場に立った政策といえる。
ここに立憲民主党とれいわ新選組が根本的に相容れない要素がある。今回の衆院選では「打倒自公」で「野党共闘」のかたちをとったものの、それぞれの支持基盤には開きがあることを認め合ったうえで政党間協議に臨む必要があろう。
もうひとつの驚きは、自民党の岸田文雄総裁(現首相)と立憲民主党の枝野幸男代表の「どちらが首相にふさわしいと思うか」という質問である。岸田氏は54%に対し、枝野氏は14%に低迷したのだ。
同じ世論調査で質問した比例区投票先では、自民党38%(公明を含む自公与党をあわせると45%)、立憲民主党13%(国民民主、共産、社民、れいわの野党各党をあわせると21%)である。岸田氏が自公与党の支持層を上回る数字を得ているのに対し、枝野氏は野党支持層さえも固められていない。
現時点では与党が過半数を維持することが有力な情勢だが、与野党の差を生んでいる主因の一つは「党首力の差」と言わざるを得ない。
枝野氏は無党派層にほとんど支持されていないことに加え、野党支持層の期待さえ十分に引き寄せられていない。「野党共闘」全体のリーダーとして認知されていないということである。
これでは「枝野政権」誕生への道は険しい。政権交代に不可欠なのは「魅力的な内閣総理大臣の顔」だろう。この点、立憲民主党が衆院選後に自分たちでどう総括するのかを注目したい。