菅義偉前首相がついに「岸田おろし」に動き始めた。1月10日、訪問先のベトナムで記者団に「理念や政策よりも派閥の意向を優先するようなことはすべきでない。いまは国民の声が政治に届きにくくなっている」と指摘した上、「歴代の総理大臣の多くは所属する派閥を出て務めていたのではないか」と述べ、岸田文雄首相が第五派閥・宏池会(岸田派)の会長を続けていることを痛烈に批判した(こちら参照)。
菅氏は同日発売の「文藝春秋」インタビューでも、岸田首相が派閥会長を続けていることについて「国民の見る目は厳しくなる」と忠告し、派閥政治との決別を促した。かつて小渕派(現・茂木派)や古賀派(現・岸田派)に所属していたものの、総裁選で派閥の意向に反して離脱した自らの経歴を振り返り、「派閥の意向に反発すればポストからはじくとかということをずっと疑問に思ってきた」「政策本位で適材適所に人材を就けるのが大事」「自分が総理の時は派閥の推薦を受けずに人事を決めた」などと強調。岸田首相に対して「派閥に居続けることが国民にどう見えるかを意識する必要がある」と派閥離脱を迫った。
岸田首相が欧米訪問中のタイミングを見計らって、ベトナムでの取材と「文藝春秋」インタビューで同時に「岸田おろし」を仕掛けた格好だ。岸田首相が派閥会長であることを批判する一方、自らは派閥を離脱した「脱派閥型の政治家」である点を強調していることから、単なる「岸田おろし」にとどまらず、「ポスト岸田」への意欲を示唆したとも受け止められる。
私は年末年始にSAMEJIMA TIMESやいくつかの媒体で、①岸田首相は自ら衆院解散に踏み切る覚悟はない②4月の統一地方選・衆院補選前後に「岸田おろし」が始まる可能性はあるが、岸田首相は5月の広島サミットでホスト役を務めることに並々ならぬ意欲を示しており、それまでは首相の座にしがみつく③広島サミット後は防衛増税の実施時期をめぐる議論が始まり、そこで「岸田おろし」が強まる④防衛増税議論が暗礁に乗り上げて岸田首相は退陣に追い込まれる⑤増税撤回を掲げる候補が総裁選に勝利し、首相に就任してただちに衆院解散を断行する⑥次期首相の大本命は菅義偉氏であるーーとの予測を示してきた。
今回の菅氏の岸田首相批判はついに「岸田おろし」の狼煙を上げたとみていい。本格的な勝負は広島サミット後だとしても、4月の統一地方選・衆院補選や日銀総裁人事を前に「反岸田」の姿勢を鮮明にし、選挙で苦戦したり経済金融動向が悪化したりすれば、いつでも「岸田おろし」の総攻撃を仕掛けられるように、臨戦体制に入ったということだ。
菅氏は当面「ポスト岸田」候補として河野太郎デジタル担当相を推すそぶりをみせるだろうが、河野氏は麻生派に所属しており、菅氏が掲げた「脱派閥」と相容れない。今回の発言は河野氏に麻生派からの離脱を促した側面もあろう。河野氏が躊躇すれば、自らが総裁選に出馬する環境が整うという計算も働いているのではないか。
菅氏は今後、最大派閥・清和会の次期リーダーを狙う萩生田光一政調会長や、第四派閥・二階派を率いる二階俊博元幹事長らとの連携を強め、岸田政権を揺さぶる。これに対して、主流派の第二派閥・茂木派、第三派閥・麻生派、第五派閥・岸田派が結束を維持できるかが焦点となるが、ポスト岸田を狙う茂木敏充幹事長と岸田首相の間にはすきま風が吹いており、主流派内部で足並みの乱れが生じると、岸田政権は一気に瓦解しかねない。菅氏の言葉とは裏腹に、「岸田おろし」は派閥間抗争の色彩を強めていくだろう。
岸田首相の後見人である麻生太郎副総裁と菅氏は安倍政権下でナンバー2争いを繰り広げた政敵である。「岸田おろし」は麻生氏と菅氏の最終決戦という側面もあり、ふたりの動向に注目だ。