小泉進次郎が仕掛けた「コメ増産」改革が、わずか数カ月で打ち切りとなった。高市内閣で初入閣した後任の鈴木憲和農水相は、進次郎が農水省内に立ち上げたコメ対策チームを解散し、増産計画を撤回したのだ。
コメの生産量を抑えて米価を維持する“古き良き時代”の政策への逆戻り。初入閣の大臣が独断で決められる話ではない。
背後で糸を引くのは、いまや政権の実権を握る「キングメーカー」麻生太郎である。
高市内閣が発足したその日に、私はこの展開を予測して報じていた。
農水相に任命された鈴木憲和氏は農水官僚出身で、山形2区選出の5期目。旧茂木派に属する典型的な中堅の農水族だ。農水副大臣を歴任し、TPPにも反対してきた「コメ農家の味方」。進次郎が進めた増産路線に強く反発していた農村票を取り戻すには、うってつけの人事だった。
鈴木氏は就任早々、「私は農水省出身の“はえぬき大臣”です」と自己紹介した。山形のブランド米「はえぬき」にかけた冗談だが、その裏には「消費者より農家」という明確な立ち位置がにじむ。
物価高対策を掲げながら、主食であるコメ政策をあえて変えるのは、高市首相の意思ではない。人事権を握る麻生副総裁の政治判断だ。高市氏の所信表明にコメ政策への言及が一言もなかったのも、その裏返しといえる。
では、なぜ麻生氏はコメ増産を白紙撤回したのか。理由は単純明快だ。「石破全否定」である。
前政権の石破総理が進めた政策を片っ端から覆すのが、麻生氏の戦略だ。石破が打ち出した現金給付策も撤回され、戦後80年メッセージもスルーされた。
石破政権が任命したばかりの国家安全保障局長の更迭に続く「石破切り」が、コメ政策だったというわけだ。
もっとも、麻生氏の狙いは単に過去の否定ではない。進次郎を農水大臣から外し、防衛大臣に横滑りさせたのも、菅義偉元首相との距離を断つためだ。進次郎を「菅の子分」から「麻生の駒」に変える。そのうえで、農水行政は自らの手の内に取り戻す。
麻生氏が恐れるのは、農水族のドン・森山裕前幹事長の復権だ。森山氏は進次郎を農水相に押し込んだ張本人であり、畜産王国・南九州を基盤とする「森山農水支配」の中心人物だった。そこで麻生氏は、森山直系ではない東北選出の鈴木氏を抜擢し、麻生・茂木ラインの下で新体制を築いた。鈴木氏は初入閣で政治力が乏しい分、操縦しやすい。麻生氏にとって理想的な「リモコン大臣」だ。
鈴木大臣は就任会見で、こう語った。
「今はコメ不足の状況ではない」「生産の目安を示して需給バランスを取る」。
つまり、コメ増産はやめ、再び生産調整(減反)に戻すという宣言である。進次郎路線が掲げた「3000円台のコメ価格」は遠のき、秋の新米は4000円台で高止まりしている。
それでも鈴木氏は「10年先を見据え、設備投資ができる価格で買っていただきたい」と言い切った。消費者の負担よりも農家の安定を優先する姿勢だ。
さらに「おコメ券」構想まで飛び出した。「今の価格で買えない人には、おコメ券で対応する」。つまり、米価は下げずに、消費者にはクーポンを配って我慢してもらうという発想だ。
ネットでは「それじゃ根本的な物価対策にならない」「現金で配れ」と批判が相次ぐ。
だが麻生ラインの農政は、そんな声を意に介さない。
そしてこの「おコメ券」こそ、次の解散総選挙の火種になりそうだ。
麻生氏は補正予算を通した後、年明けの通常国会冒頭での解散を視野に入れている。狙うは自民単独過半数の奪還。そのとき、コメ政策は重要争点となる。
石破政権のコメ増産は、米どころの農家を怒らせ、参院選1人区で自民惨敗を招いた。だから今度は、コメ農家寄りの政策で農村票を取り戻す——それが麻生の読みだ。
だが衆院選では、都市部の票が勝敗を分ける。都市の消費者が「おコメ券」で納得するのか。コメ高騰を放置したまま支持が広がるのか。参院選と衆院選で、まるで逆の戦略をとるリスクをどう克服するのか。
高市政権の看板は「物価高対策」だ。その中で主食のコメが政争の具となれば、支持率70%のロケットスタートも一気に失速しかねない。だが麻生氏は意に介さない。コメ政策の先祖返りも、政局の一手にすぎないからだ。
進次郎の理想は潰えた。その灰の中から、麻生流の権力闘争が顔を出している。
コメ増産か、生産調整か——その選択は単なる農政論争ではなく、日本の権力構造そのものを映し出している。