東京地検特捜部が着手した安倍派の裏金事件は、来年の自民党総裁選でポスト岸田に茂木敏充幹事長を担ぐ麻生太郎副総裁を後押しする「国策捜査」の色合いが濃い。 最大派閥・安倍派が壊滅的な打撃を受け、当面は確かに麻生・茂木・岸田の主流3派の天下となるだろう。
けれども、裏金批判が安倍派だけでなく、派閥政治全体に向かえば情勢は激変する。
総裁選出馬へ意欲をみせる石破茂元幹事長と高市早苗経済安保担当相はいずれも無派閥だ。派閥政治そのものへの批判の高まりが追い風になる可能性は十分にある。
最大派閥・安倍派の壊滅で最も得をするのは誰かを分析してみよう。
🔸麻生・茂木・岸田の主流派
最大派閥・安倍派が解体・分裂に追い込まれれば、第2派閥・麻生派、第3派閥・茂木派、第4派閥・岸田派の主流3派は自民党内で圧倒的に強い立場を占めるようになる。
主流3派はこれまで総裁・副総裁・幹事長の中枢ポストを占めてきたが、主流3派だけでは過半数に届かず、政権運営には安倍派の協力が不可欠だった。
そこで官房長官に松野博一氏、政調会長に萩生田光一氏、国対委員長に高木毅氏、経産相に西村康稔氏、参院幹事長に世耕弘成氏と、安倍派5人衆に主要ポストを明け渡して政権を安定させてきた。
安倍派を一掃すれば、主流3派の天下になる。5人衆が失脚して安倍派が求心力を失い分裂状態に陥れば、主流3派が一部勢力を取り込み、過半数を獲得することも可能だろう。
けれども、安倍派への批判が、派閥政治そのものに向かう可能性は捨てきれない。岸田首相が先手を打って派閥を離脱し、派閥会長を退任したのも、派閥政治に対する批判の高まりを警戒したからにほかならない。
麻生氏も茂木氏も派閥の会長だ。派閥を中心とした多数派工作で、ポスト岸田を争う総裁選で茂木氏の勝利を目指している。
今後、麻生氏や茂木氏はなぜ派閥会長を続けているのか、党幹部も派閥を離脱すべきではないか、そもそも派閥は解散すべきではないかーーという世論が強まってくる可能性は十分にあろう。
ポスト岸田の有力候補で派閥会長を務めているのは、茂木氏だけだ。大きな逆風が吹き付け、総裁レースが混沌とする可能性は十分にある。
🔸菅・二階両氏に担がれ得る石破氏
主流3派に対抗して、非主流派の菅義偉前首相と二階俊博元幹事長が擁立を目指しているのが、世論調査で「次の首相」のトップに返り咲いた石破茂元幹事長だ。
菅氏は自らの後継を決める前回総裁選で「次の首相」トップだった河野太郎氏を擁立したが、麻生氏が担ぐ岸田氏に敗れ、非主流派に転じた。河野氏はマイナンバーカード問題で失速したため、次の総裁選では石破氏を対抗馬に担ぐつもりだ。
石破氏はかつて石破派を率いる派閥会長だった。しかし安倍政権下で冷遇され、総裁選に負け続けて求心力を失い、石破派は解体に追い込まれた。今は無派閥で、党内基盤はない。
しかしそれがポスト岸田レースで最大の強みになるかもしれない。
石破氏は安倍派の裏金事件が発覚した後、メディアへの出演を増やし、自らの政治資金は透明であることをアピールしている。石破氏の父は鳥取県知事などを務めたが、石破氏は父から政治資金を受け継がなかったことも強調。安倍元首相の政治資金2億円超が相続税を免れるかたちで妻昭恵氏に受け継がれたこととの違いも示し、世襲色を薄める姿勢だ。
脱派閥や脱裏金を掲げて茂木氏に挑む意欲満々といっていい。
石破氏は12月11日夜のBS番組で、来年春の予算成立後に岸田首相が辞任することについて「そういうのはあり」と言及。安倍派一掃人事については「調査の結果が出る前に『とにかく安倍派は全部一掃』というのは順序が違う」と述べ、岸田首相への批判が高まる安倍派議員から支持を引き寄せる思惑をにじませた。
しかし、石破氏を担ぐ菅氏や二階氏は、旧態依然たる自民党そのものである。
菅氏は安倍政権中枢の官房長官として東京五輪誘致などを進め、五輪汚職事件で批判を浴びた。安倍派裏金事件の渦中にいる萩生田氏とも親密な関係を築いてきた。
二階氏が率いる第5派閥・二階派は、安倍派とともに裏金捜査の対象になっている。
さらに菅氏に近く、前回総裁選では石破氏と連携して「小石河連合」と呼ばれた河野太郎氏や小泉進次郎氏は世襲政治家の象徴だ。
これらに担がれた石破氏が脱派閥や脱裏金を訴えたところで、どこまで支持を集めることができるのか。そんな疑問が吹き出す恐れがある。
🔸安倍支持層に熱狂的な人気の高市氏
これに比べて、高市早苗氏は脱派閥・非世襲をさらに打ち出しやすい。
高市氏は無派閥ながら前回総裁選で安倍氏に担ぎ出され、安倍支持層の熱狂的支持を集めた。世論調査の「次の首相」では、石破氏、河野氏、小泉氏に続く人気を得ており、茂木氏をはるかに上回っている。
だが、安倍派5人衆には敬遠されていた。安倍氏が派閥内部からではなく無派閥の高市氏を総裁選に担ぎ出したことに、5人衆は不満を募らせていたからだ。
安倍氏が急逝した後、5人衆は高市氏をさらに遠ざけ、高市氏は自民党内で孤立を深めていた。次の総裁選出馬には推薦人20人を自力で確保しなければならず、勉強会を旗揚げしたが、参加者は13人にとどまっていた。
だが、5人衆が「全滅」したことで、事態は一変しつつある。安倍派が解体すれば、安倍支持層の支持を期待する中堅・若手が高市氏のもとへ駆け寄る可能性が十分に見込めるからだ。
高市氏の勉強会には安倍派から山田宏参院議員ら3人が参加している。これまで5人衆の目を気にして参加を控えていた中堅・若手が5人衆の重しがとれることで、参加者が増える可能性がある。
清和会にはそもそも安倍系と福田系の二系統がある。5人衆が失脚すれば、当選回数4回の福田達夫元総務会長への派閥移行に向けた動きが強まるだろう。福田氏は右派の安倍氏と違ってハト派の側面がある。それに反発した右派が総裁選を機に飛び出し、高市派結成に動く展開もあるかもしれない。
5人衆の失脚→安倍派分裂で高市氏が漁夫の利を得る構図がみえてくる。