国民民主党の玉木雄一郎代表は、自民党の保守本流を自認する「宏池会」(現岸田派)を率いた大平正芳元首相の縁戚である。大平氏は郷里・香川県の大先輩、財務省(旧大蔵省)の大先輩であり、「我こそは大平氏の継承者」という思いが強い。
2017年の衆院代表質問では、大平氏が説いた「楕円の哲学」について「政治も世の中も二つの相対立するものが、適度な緊張と調和の中に共存する」と解説してみせ、「異なる意見を聞き入れず、力の支配を信奉する近年の政治風潮と正反対の考えだ」と安倍首相を批判。「自民党に代わる楕円のもう一つの中心となり、政権を担う核となる」と決意を述べた。
自民党ハト派の宏池会が弱体化し、タカ派の清和会(安倍派)が君臨して20年になる。宏池会が掲げた「穏健保守」は自民党内ですっかり影が薄くなった。玉木氏は自らを中心とした野党が大平氏の政治理念を受け継ぐべきだと考えている。政権に対して「是々非々」で向き合うという玉木氏の政治姿勢は、大平氏の継承者であるという強烈な自負と無縁ではない。
相手が清和会の安倍政権ならまだしも、宏池会の岸田政権が誕生したのだから「政権と一致できるところは協力したい」という玉木氏の思いは強まるばかりだ。
国民民主党が立憲民主党から距離を置き、維新と連携して自公与党に接近する動きをみせているのは、最大の支持基盤である連合の意向に加え、玉木氏個人の政治姿勢にも起因していることは事実であろう。
玉木氏は香川県立高松高校で私の二期上の先輩である。私は同級生の小川淳也氏とは高校時代からの友人だが、玉木氏は政治家になって初めて知った。ただ、玉木氏は高松高校で私の姉と同学年だった。姉によると当時から「自信満々」の高校生だったという。
玉木氏は東大卒業後、大蔵省に入った。だが、政治家・玉木雄一郎は「教育国債」の発行をはじめ積極財政論を唱えており、財務省の評判は芳しくない。玉木氏自身も「財務省OBの政治家」にとどまるつもりは毛頭ない。
選挙区は香川2区である。高松市を東西から挟むような選挙区だ。玉木氏は高松市の東側の出身で、大平氏の地盤は高松市の西側だった。玉木氏が選挙に強い理由は東西両地域に浸透していることにある。
大平氏の娘婿で大蔵官僚から大平首相秘書官を務めた後に選挙地盤を受け継いだ森田一・元衆院議員や大平氏の孫の渡辺満子さんは「非自民」である玉木氏を強く支援してきた。
玉木氏が2009年衆院選に民主党公認で初当選した直後、私は森田氏から「細野豪志氏を玉木に紹介してほしい」と頼まれ、酒席をともにしたことがある。
細野氏と私は同い年で、京大法学部の佐藤幸治ゼミ(憲法)出身の友人。細野氏は当時、民主党の将来を担うホープとして頭角を現していた。森田氏は玉木氏を細野氏のグループに入れて勉強させたいという「親心」があったのだろう。
ところが、玉木氏と細野氏はまったくそりがあわなかった。初対面からしっくりいかなかったのは、酒席の空気ではっきりわかった。政治キャリアは細野氏が上だが、年齢は玉木氏が上。初当選したばかりの玉木氏からは「なぜ俺が頭を下げないといけないのか」という思いがほとばしっているように私には思えた。
同じことは、玉木氏と小川氏の関係にもあてはまる。初当選は小川氏が先だが、年齢は玉木氏が上。しかも小川氏が香川1区で敗れて復活当選を重ねたが、玉木氏は香川2区で勝ち上がってきた。小川氏が総務省、玉木氏が財務省の出身であることも、ふたりの関係をどこかぎこちないものにしているようだった。
私の玉木評は「強烈なプライドの持ち主」ということである。自らの出身の財務省にも、国民民主党の支持基盤である連合にも、第三極として連携を進めている維新にも、自らの政治的影響力拡大のために「打算」で歩み寄ることはあっても、自らを決して安く売ることはしないだろう。
国民民主党は今回の衆院選で議席を伸ばしたが、将来的な展望があるとは私はみていない。連合は「野党離れ」を進めているし、そもそも労組を束ねていく求心力を失いつつある。維新に接近したところで、新自由主義を掲げる維新と連合には政治スタンスに根本的な違いがあり、あくまでも第三極として「是々非々」で連携することにとどまるだろう。
国民民主党はざっくりいうと、じわじわと与党に取り込まれていく人々と、維新と一体化していく人々に分かれていく運命にあるのではないか(維新は先の記事でも述べたが、立憲民主党に代わって野党第一党となり、自民と維新の二大政党政治をめざすだろう)。
ただ、国民民主党の将来を読むにあたって非常に難しいのは、玉木氏個人の出方である。教育国債にしろ、ガソリン高騰を受けて緊急提言したガソリン税の旧暫定税率部分の減税にしろ、玉木氏の政策提言は機敏で大胆だ。彼の言動は予測がつきにくい。それは「穏健保守」の大平氏とは対照的な政治的態度といえる。
国民民主党の行方と玉木氏の行方はわけて考えた方がよいかもしれない。
玉木氏は大平氏の「楕円の哲学」に惹かれたようだが、私は大平氏でもっとも印象深いのは「政治は60点でないといけない」という言葉である。「60点でいい」ではなく「60点でないといけない」のである。要は「100点を目指しても、100点を取ってもいけない」と言っているのだ。
100点をめざすと必ず衝突が起きる。100点を取ると勝者と敗者がはっきりする。100点を取った勝者は必ず傲慢になる。それでは政治はうまく回らない。長続きしない。政権を担う者は「60点でないといけない」という政治哲学は「穏健保守」「保守本流」の真髄だ。
聡明な玉木氏は、自民党が右傾化した今の政界でそのような立ち位置がぽっかり空いており、そこにこそ野党が生き残る道があると気づいているに違いない。そのような政治感覚と、新自由主義を掲げる維新との連携はあまりに肌合いを異にするものであり、たとえ第三極同志の政局的・一時的な打算による連携であるにせよ、「大平氏の継承者」を標榜する玉木氏自身の政治信条との整合性は明確に説明する責任があろう。