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外交のプロ・田中均さんが始めたTwitter 「真のエリート」の役割とは?

外務省の田中均さんといえば、小泉純一郎首相と金正日総書記の日朝首脳会談を実現させた立役者である。北朝鮮のミスターXとの秘密交渉を通して歴史的会談を実現させ、拉致被害者の帰国を実現させた外交手腕は、日本外務省の歴史でも傑出している。田中さんが極めて有能な外交のプロフェッショナルであることに異論を唱える人は、まっすぐにモノを見ていないとしかいいようがない。

ところが、拉致被害者の「一時帰国」で北朝鮮と合意していた田中さんは、北朝鮮に戻すべきではないと主張した安倍晋三氏(当時は官房副長官)と対立。マスコミをはじめ国内世論は安倍氏に肩入れし、最大の功労者であるはずの田中さんが世論のバッシングを受けるという、何とも歪んだ光景が繰り広げられたのであった。2000年代初頭の日本社会である。

日本社会の右傾化が加速し、安倍氏が台頭してきたのはそれからである。日朝首脳会談は、日本社会の大きな転換点であった。歴史に「もし」はないのを承知で言えば、田中さんの外交手腕がなければ日本憲政史上最長となる安倍政権は誕生しなかったかもしれない。皮肉なものだ。

私は日朝首脳会談が実現する2年前、政治記者として外務省を担当していた。田中さんは当時、経済局長だった。外務省の局長たちは霞クラブ(外務省担当)の記者と定期的に懇談するのだが、ほとんどの局長がどこかで聞いた覚えのある退屈な話に終始するなかで田中さんの話は戦略性に富み、実に魅力的だった。私は当時から「圧倒的にプロフェッショナルな外交官」と思っていた。

田中さんは2005年に58歳で外務省を退官した。ほとんどのキャリア外交官が役人人生の余生を各国大使として優雅に暮らすなかで、田中さんは野にくだり、ひとりの外交専門家として、ひとりの言論人として、世の中に「あるべき外交」「あるべき政治」を訴える道を選んだ。

私が2018年に朝日新聞の言論サイト「論座」の編集者になった時に真っ先に連絡したのは田中さんだった。ぜひとも論評を寄稿していただきたいと願ったからだ。田中さんは快諾し、それから3年間、毎月1本、締め切り厳守で、今の政治・外交を鋭く解説する原稿を送ってくれた。

今年2月に朝日新聞社に退職届を出したあとも、真っ先に田中さんに連絡した。田中さんは私への私信で、自らが外務省を途中で退官してひとりの言論人になった思いを綴り、その決断は決して間違っていなかったと伝え、新聞社を離れて独立する私に心づよいエールを送ってくれたのだった。

その田中さんの秘書から「田中がTwitterを始めました」と連絡があったのは3月4日のことである。この知らせに、私は驚いた。私もツイッターの世界では相当な罵詈雑言を浴びているが、田中さんはそれ以上の風圧を浴びるであろうことが容易に想像できたからだ。今から発信力を身につけようと思う若手研究者ならまだしも、実績も知名度もある田中さんが70代半ばになってツイッターの世界に身を投じるとは、あまりに意外なことであった。

さっそくツイッターで検索すると、たしかに田中さんのアカウントが見つかった。でも、まだツイートは「今日からはじめます。」という1行告知の1本のみ。私が見たときはフォロワーも数人だった。

私はさっそくリツイートした。私のフォロワーはすでに5万人を超えていたから、田中さんのツイートは順調に広がり、フォロワーは瞬く間に数十人に増えた。田中さんの新しい一歩に微力ながらお役に立てたと思っている。

その田中さんがTwitterを始める動機を綴った文章が、以下の電気新聞への寄稿である。これはぜひ皆さんの読んで欲しい記事だ。

田中さんは多くの友人たちから「発信の場がいろいろあるのになぜ? 心ないコメントが殺到して炎上するよ」と心配されたという。田中さんも友人との交流にはメールとLINEがあれば十分と考えていた。それでもツイートを始めることにしたのは、公職経験のないトランプ氏が米大統領になったナゾを解くカギはツイッターにあると思い、「自分自身で使ってみる必要があると考えるに至った」からだという。

私はここに、田中さんの外交プロフェッショナルとしての本質をみる思いがする。世の中の現象を知るにあたり、まずは自らがその場に飛び込んでみるのだ。この姿勢はジャーナリズムにも通じる。外交官という仕事と記者という仕事は「世の中の現象に肉薄して読み解く」という意味で重なりあう部分が多い。

ところが、外交官も記者も「政治を動かす舞台」となったツイッターから距離を置く人が多いのは、本気で「世の中の現象に肉薄して読み解く」つもりがないのだろう。真のエリートの役割とは何か、考えさせられる事案である。

ツイッターをはじめて田中さんが気づいたことは、これまた外交プロフェッショナルならではの視点であった。田中さんは自ら情報発信するよりも情報収集の道具としてツイッターを利用する人が多いとしたうえで「私は情報収集より発信をして、それが世の中の多くの人にどう受け止められるかを知る目的が大きい」というのである。田中さんにとってツイッターは、自らの発信に対する反応をみることで「今の世論」を探ろうという「調査分析」ツールなのだ。

田中さんの論考はトランプ氏へ戻る。「トランプ前大統領は自分のツイートに関して緻密な分析をしていたのだろう。そのうえで広報戦略を考え実行していったのではないか。主要新聞やテレビの評価よりも重視し、世論を作るというより、多くの人々の感情に訴えることで支持を増やすためツイートを活用したのではないか」という分析は、私も同感だ。

田中さんはこの論考を「本当に必要なことは感情に走りがちな世相に乗じることではなく、合理性を持った世論を作ることなのではないか」と締めている。「合理性を持った世論形成」は短文のツイッターの限界であろう。私もその思いから、SAMEJIMA TIMESを開設したのだった。

この原稿を書き上げたところで田中さんのTwitterをのぞくと、新しいニュースが飛び込んできた。田中さん、今度はYouTubeチャンネルを開設したというのである。

私もSAMEJIMA TIMESのYouTubeチャンネルを始動したばかり。発想があまりに似ていて思わず苦笑してしまった。世の中の現象をつかむため自ら身を投じることをいとわない外交官やジャーナリストにとって、これからの主戦場はYouTubeになるのだろう。

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