衆院議員を辞職して参院選出馬を表明したれいわ新選組の山本太郎代表に対する嫌がらせが相次ぐ。
まずはNHK党。すこし前まで「NHK受信料を支払わない国民を守る党」と名乗り、立花孝志党首が率いて参院に1議席を有するこの党が4月28日、今夏の参院選比例区に、会社経営者の新人・山本太郎氏(47)を公認候補として擁立すると発表した。
れいわの山本太郎代表と同姓同名で同い年の候補者である。
NHK党の立花党首は、れいわの山本代表が衆院議員を辞職して参院選へ出馬することを「有権者をあまりにも混乱させる。バカにした議員辞職」と批判し、同姓同名の候補者擁立を決めたと明らかにした。
れいわの山本太郎代表は選挙区から、NHK党の山本太郎氏は比例区から出馬する。れいわの山本代表の選挙に直接影響することはない。NHK党の山本太郎氏に出馬の自由があるのも事実である。
しかし、立花党首の発言からしてその狙いが「れいわ新選組への嫌がらせ」にあることは明白だ。
れいわの山本代表は圧倒的なカリスマ性があり、3年前の参院選では比例区から出馬して全候補者のなかで断トツの99万票を獲得した。熱心なれいわ支持者が今回の参院選比例区でも「山本太郎」と誤って投票することは十分に予想される。その「山本太郎」票はすべてNHK党の票にカウントされるのだ。
これはNHK党がれいわ人気に便乗して得票を上積みにするだけにとどまらない。れいわは本来自らが獲得するはずの比例票を失う恐れがある。さらにはれいわ支持の有権者の意思を踏みにじるものといえるだろう。
立花党首はさらに「今のところ山本太郎という候補者が7人います。最低でも東京選挙区で、あと1人出したい」とも述べ、「山本太郎を増殖させる計画」を打ち上げたと報じられている(『NHK党が山本太郎氏を擁立 れいわ代表と同姓同名で同い年「最低でも東京であと1人出したい」』参照)。
露骨な嫌がらせである。山本代表は自らの出馬選挙区をまだ表明していないが、表明したとたんにNHK党が同じ選挙区に同姓同名の「山本太郎」氏を擁立すれば、「山本太郎」と書かれた票は按分され、れいわの山本代表にとっては大打撃となる。
立花党首は「わが党の山本太郎は全国比例、あちらは選挙区から立候補されると表明した。同姓同名による案分票狙いではありません」と言う一方、同姓同名の「山本太郎」を7人用意し、最低でも東京選挙区で擁立すると明言しているのだから、どうなるかわからない。
少なくともれいわの山本代表はNHK党の動向を見ながら参院選戦略を練り上げなければならず、相当な制約と重圧を受けるのは間違いない。
同じようなことは昨年秋の衆院選でもあった。島根1区は自民党の細田博之元幹事長(現在は衆院議長)と立憲民主党前職の亀井亜紀子(かめい・あきこ)氏の一騎打ちになるとみられていたのだが、公示直前に亀井亜紀子氏と同じ名字で名前の読み方も同じである無所属新人の亀井彰子氏が名乗りをあげたのだ。
亀井亜紀子氏はもともと「亀井あきこ」と表記して選挙に挑む予定だったが、急きょ「かめい亜紀子」に変更。ポスターを刷り直し、SNSや選挙カーの看板の表記の変更も強いられ、多大な労力を割かれたのである。
結局、細田氏は9万票以上を獲得して二人の「かめいあきこ」氏との選挙戦に圧勝。亀井亜紀子氏は6万6847票にとどまり、復活当選もかなわず落選した。亀井彰子氏は4318票だった。
島根1区でもうひとりの「かめいあきこ」氏が公示目前に出馬表明した経緯はいまだにわからない。マスコミはその事実を「話題」として取り上げたものの、出馬に至る背景を追跡したり、選挙のあり方を問い直したりする報道はほとんど見られなかった。
今回も同様だ。NHK党がれいわ代表と同姓同名の候補者を擁立するという「事実」を淡々と伝えるだけの報道がほとんどである。例えばNHK党の発表翌日の朝日新聞デジタルの記事は以下のように、ごく短いものだった。
NHK党は28日、参院選比例区に会社社長の山本太郎氏(47)の公認を内定し、発表した。れいわ新選組の山本太郎代表とは別人。
これだけ!?と呆れるしかない報道ぶりである。「NHK党は取り上げると逆効果」という判断に基づくものかもしれないが、そのように放置したことで「モラル崩壊」が加速し「何でもあり」になる恐れはないか。公正な社会づくりや公正な民主主義の発展を担うメディアがこのような報道姿勢で良いのだろうか。
NHK党の行為は「違法」ではないとしても、民主主義の根幹である選挙のあり方を揺さぶる「不公正」なものである。そこを真正面から問い直さないメディアに「社会の木鐸」を名乗る資格はない。
指摘すべきことをきちんと指摘するのが新聞社の責務である。それを怠り「事実」を垂れ流すことに終始するのは報道機関としての責務を放棄するものだ。その「不作為」の責任は見逃せない。
とてもがっかりさせる報道姿勢だった。
れいわの山本代表に対し、もうひとつ見逃せない「嫌がらせ」があった。こちらは国家権力、とりわけ警察権力による嫌がらせである。
この「事件」は4月29日、れいわの山本代表が沖縄県那覇市で街頭演説を開始しようとした時に起きた。沖縄県警の警察官が多数押し寄せ、道路交通法に基づく道路使用許可がおりていないので街頭演説を認めないと迫ったのだ。周辺には右翼街宣車も姿を現していた。
山本代表は道路使用許可を沖縄県警に申請していたが、許可がおりなかった。しかし、道路交通法77条は「一般交通に著しい影響をおよぼすような行為」など道路使用許可が必要な場合を列挙するだけで、政治家のあらゆる街頭演説に対して使用許可を義務づけるものではない。だから山本代表は許可はなくても道路交通法に抵触しない範囲で街頭演説を実行したというわけだ。(こちら参照)
憲法が定める「表現の自由」のなかでも「政治活動の自由」は民主主義の根幹にかかわるもので、特に重視されるべき権利だ。全国各地で政治家が許可なく街頭に立つケースはいくらでもある。
大音量で罵詈雑言を撒き散らす右翼街宣車の立ち往生のほうがよほど交通に著しい影響を及ぼしているだろう。それでも警察はその様子を見守るばかりーーという光景を私は何度も目の当たりにしてきた。
それらに比べると、今回の沖縄県警の行為は明らかな「狙い撃ち」である。
SNSで流れる動画をみると、山本代表は警察官たちに道路交通法に抵触しない範囲で街頭演説を行う意向を粘り強く説明し、そのうえで憲法で保障された「政治活動の自由」や「表現の自由」を強く主張し、警察官を追い払って街頭演説を大幅な時間遅れで何とか開始したのだった。
その様子を報告するれいわの大石あきこ衆院議員の連続ツイートは必見である。
沖縄県警も道路使用許可がおりていないことだけを理由に街頭演説を中止させることができるとはそもそも考えていないだろうし、山本代表が演説中止を受け入れるとも想定していなかっただろう。
要するに、これは「嫌がらせ」である。国家権力による野党の政治活動に対する一種の「妨害」である。山本代表やれいわの政治活動に対する「牽制」である。
おそらく山本代表が衆院議員を辞職していなければ、沖縄県警もここまで露骨な「嫌がらせ」は控えたのではないか。議員バッチを外して「ただの人」になったとたんにプレッシャーを強めたと私はみている。国家権力とりわけ警察権力は批判勢力に対してさまざまな圧力をかけてくるものなのだ。
山本代表はそれをしっかり跳ね返したのだが、このような国家権力による様々な形の圧力を日々受けている。それに対応する精神的負担や時間的コストは膨大なものだろう。(以下は4月29日の山本代表の沖縄での演説)
裏を返せば、れいわ新選組が政権与党にとって立憲民主党よりも警戒すべき相手になりつつあることを映し出しているともいえる。だからこそ露骨な嫌がらせを重ねて「れいわの台頭」を封じ込めようとしているのだろう。
この沖縄の事件もマスコミはほとんど報じていない。憲法が保障する「政治活動の自由」や「言論の自由」が国家権力によって露骨に脅かされているのである。
現在進行中の「立憲主義」や「民主主義」の危機を黙殺するマスコミが5月3日に「憲法記念日」を語る資格があるのだろうか。憲法の重要さを問い直す具体的な「事件」が目の前に転がっているのだ。まずはそれをきちんと報じるべきである。