兵庫県知事選で斎藤元彦知事の大逆転の立役者となったのが、「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首だ。
これまで過激な言動で物議をかもしてきた。かつて在籍したNHKと受信料不払いで戦い、政党を旗揚げして参院議員となり、辞職した後は暴露系ユーチューバーのガーシー氏を参院選に擁立して当選させ、東京都知事選に候補を大量擁立して掲示板を占拠した…。法律の盲点を突いて次々と繰り出す奇策は賛否を巻き起こし、「きわもの」扱いされてきた。
兵庫県知事選には自らの当選は目的ではないと明言して出馬し、ユーチューブを中心に「県議会とマスコミが隠していた事実」を暴露したとして賞賛を集め、斎藤氏を徹底援護した。斎藤氏の大逆転は、立花氏なしには実現しなかっただろう。斎藤氏はSNS戦略で勝利したといわれるが、ユーチューブでの拡散力は立花氏のほうがはるかに上回っていた。
ネット上では立花氏を見直したという声が相次いでいる。立花氏がこれまで仕掛けた奇策のなかで、兵庫県知事選は最大の「成果」を収めたといえる。
与野党は立花氏が巻き起こしたムーブメントを無視できなくなっている。何をしでかすかわからない「きわもの」から、世論を扇動して選挙(政局)を動かす政界のキーマンに躍り出たといっていい。
人々の不満・鬱積を吸い上げ、殲滅すべきターゲットを絞り込んで突撃し、ユーチューブで世間の関心を引き寄せ、過激な荒技で標的を叩きのめしていて大衆を過熱させる手腕は、天性の革命家・扇動家といえるかもしれない。その手法は、米国のトランプ次期大統領を髣髴させる。
その立花氏が次に狙いを定めたのは、立憲民主党だ。
立花氏は11月21日のXで、来年夏の参院選で宮城選挙区から出馬予定の立憲民主党の石垣のりこ参院議員を落選させる計画を表明した。
石垣氏は元女子アナ。2019年参院選宮城選挙区(定数1)に初出馬し、自民現職を9500票差で破って全国的に注目を浴びた。立憲民主党ではリベラル派として知られる。来夏の参院選宮城選挙区で二期目を目指して出馬する予定だ。
立花氏は石垣氏を落選させるため、①宮城選挙区に石垣氏とまったく同じ公約を掲げた候補を擁立する、②兵庫県知事選と違って、今回はその候補者への投票を呼びかける、③その候補者が石垣氏の票を数%でも奪えば、自民候補が勝利し、石垣氏は落選するーーという計画を表明。石垣氏の落選そのものが目的であることを鮮明にした。
立花氏はユーチューブでもこの落選計画を詳細に説明している。それによると、「兵庫県知事選で自分に文句を言ってきたのは、ほぼすべて立憲民主党の人だった」として、立憲民主党への反感をあらわにし、「立憲民主党をつぶすくらい簡単だ、合法的に刺客を送って落選させる」とも言及。単に石垣氏を落選させるだけにとどまらず、宮城選挙区での落選運動を全国に波及させ、参院選で立憲民主党に壊滅的打撃を与えることに最大の狙いがあることを示唆した。
立花氏が乗り込む兵庫県知事選と参院宮城選挙区の共通点は、標的の相手がリベラル派の女性候補であることだ。
7月の東京都知事選で立憲民主党が担いだ蓮舫氏がユーチューバーの石丸伸二氏に追い抜かれて3位に沈んだ後、リベラル派の女性候補への逆風は続いている。兵庫県知事選も斎藤氏に逆転された稲村和美氏はリベラル派市長として知られていた。ネット上では稲村氏への誹謗中傷も飛び交った。
米大統領選で民主党が擁立したハリス氏もリベラル派として知られた女性政治家だった。女性初の大統領の誕生に抵抗感がある人々がトランプ氏に流れたとも指摘されている。
立花氏は世論の風向きを読む天性の扇動家だ。こうした世相をつかみ、稲村氏や石垣氏を敵に回せば世論がついてくると踏んでいるのかもしれない。彼の究極の目的は、世論の流れを先取りし、それに真っ先に乗って勝利を収め、存在感をどんどん大きくしていくことにあるのではないか。立花氏自身はビジネス目的を強調し、マスコミ界にも収益目当てとみる向きが強いが、私は彼の本当の狙いは政治的影響力の拡大にあるとみている。
立花氏は立憲民主党への逆風も感じ取っているのだろう。
今回の総選挙で立憲は50議席を増やしたが、それは自民党への反発から小選挙区で自民候補を落とすために立憲候補に投票した有権者が多かったに過ぎない。立憲への期待感はまったく高まっておらず、比例代表の得票は惨敗した前回総選挙から7万票しか増えていないのだ。自民もイヤ、立憲もイヤという多くの有権者が国民民主党やれいわ新選組など他の野党に流れたのだ。
ところが、立憲民主党内は「躍進した」と浮かれている。首相指名選挙で野田佳彦代表に投票したのは共産党だけで、他の野党は立憲と距離を置いた。それは立憲に対する世論の冷ややかな目線を感じているからだ。
立花氏は来夏の参院選で立憲民主党は大逆風にさらされると読んでいる。だからこそ、先手を打って立憲を標的とし、なかでもリベラル派として注目を集める石垣氏の落選計画を政治ショーとして盛り上げ、選挙の行方を決定づけようとしているのではなかろうか。
野田代表が率いる立憲民主党にこれに対抗する力があるか。立花ペースで政局が進む可能性が高いのではないか。
天性の扇動家が台頭し、日本政界は混迷の様相を深めてきた。