小池百合子・東京都知事が衆院東京15区補選(4月16日告示・28日投開票)に擁立すると表明していた作家の乙武洋匡氏(47)が正式に出馬会見した。
乙武氏は2016年参院選東京選挙区に自民党公認で出馬を検討しながら、5人の女性との不倫問題を週刊誌に報じられて断念。2022年参院選東京選挙区には無所属で出馬し落選した経緯がある。
小池知事は「8年前のこと(女性問題)は本人も本当に心から反省している。再チャレンジだ」とし、自公与党との連携を期待する考えを示している。
裏金事件で大逆風の自民党は独自候補の擁立を見送り、乙武氏を推薦する方針だ。地元区議には異論が残るものの、軽い処分で逃げ切った萩生田光一・都連会長が小池知事との連携を強化しており、小池人気に便乗して「衆院3補選全敗」をかわす狙いがある。
これに小池知事と良好な関係にある公明党と国民民主党が相乗りし、乙武氏が優勢になるとの見方が永田町では広がっていた。
4月28日は大型連休の前半で、投票率は伸び悩む。小池人気に公明党の創価学会票と国民民主党の連合票が加われば、自民党の裏金事件の逆風をかわして当選確実となるはずだった。
ところがここにきて、公明党と国民民主党が態度を豹変し、乙武氏の推薦に慎重な姿勢に転じたのである。
乙武氏は8日、「自民党に推薦依頼は出していないし、推薦を頂く予定もない」と発信した。公明党や国民民主党との相乗りならまだしも、裏金事件で評判の悪い自民党からだけ推薦を得たら批判の矢面に立つと考えたのだろうか。
乙武氏が自民党の推薦を拒絶すれば、「3補選全敗」を防ぐ自民党の思惑は根底から崩れることになる。
乙武氏出馬をめぐる混乱は広がる一方だ。いったい何があったのか。
公明党の石井啓一幹事長は乙武氏推薦について「現場の反応としては非常に厳しい」と自民党に伝えた。「現場」というのは、選挙でフル活動する支持母体・創価学会の婦人部のことだ。
東京15区補選には、立憲民主党、日本維新の会、共産党、参政党、日本保守党などが女性候補を擁立していることから「各党が女性候補を擁立する中で、過去に女性問題があった候補を我が党として大手を振って応援できるのかという問題意識はある」(佐藤茂樹国対委員長)という。
確かに創価学会婦人部の抵抗は強いのだろう。しかし、それだけだろうか。私はもっと大きな理由があるとみている。それはあとで解説しよう。
小池知事は連合とも良好な関係で、連合を支持母体とする国民民主党も乙武氏に相乗りするとみられていた。ところが、榛葉幹事長は「自民党が推薦を出すような人は応援できない」と述べ、乙武氏が自民の推薦を受け入れた場合は支援を取り消す考えを示したのだ。
国民民主党は裏金事件を受けて自公与党との協調路線を転換し、解散総選挙を見据えて立憲民主党と協力する戦略に転じた。乙武氏への対応はその流れに沿ったものといえる。
だが、こちらもそれだけが理由とは思えない。公明党と国民民主党(連合)に共通する二つの理由を分析していこう。
ひとつめは、公明党も連合も、小池知事が補選に電撃出馬して国政に復帰し、自民党に復党して9月の総裁選に出馬し、初の女性首相となることに期待していたことだ。小池知事が出馬するのなら、真っ先に推薦を決めていたに違いない。
ところが、小池知事は公明党や連合に十分な根回しをしないまま、独断専行で自らの不出馬と乙武氏擁立を決めてしまったのだろう。公明党も連合も拍子抜けし、小池知事が国政復帰するつもりがないのなら、連携は都政レベルにとどめればよく、裏金批判が高まる自民党と歩調をあわせてわざわざ衆院補選で応援する必要はないと判断したのではないか。
つまり、国政復帰しない小池知事に利用価値を見出さなくなったのだ。小池知事は自らの不出馬によって影響力が低下したことに気づいているだろうか。小池知事が影響力を保っていた最大の要因は、国政復帰への期待感と警戒感だったのだ。
もうひとつは、自民党内の岸田おろしの動きである。公明党は非主流派の菅義偉前首相や二階俊博元幹事長と気脈を通じている。一方、連合は麻生太郎副総裁や茂木敏充幹事長と連携を強化してきた。岸田首相は9月の総裁選前に衆院解散を断行し、総裁再選の流れを作る構想を練ってきたが、非主流派の菅・二階両氏はもとより、岸田首相との関係がぎくしゃくしている麻生・茂木両氏も岸田再選を手放しで受け入れるつもりはなく、6月解散阻止では一致している。
公明党は菅・二階両氏の意向を受け、連合(国民民主党)は麻生・茂木両氏の意向を受け、東京15区補選は乙武氏が落選した方が6月解散を阻止できると判断したのではないか。乙武氏の当選を防ぐため、創価学会票や連合票が立憲民主党の候補に流れる可能性も十分にあろう。乙武氏が落選して岸田政権が「補選3敗」となれば、もはや6月解散どころではなく、9月総裁選不出馬・退陣の流れが強まってくる。
6月解散阻止のためには4月補選をサボタージュする。まさに岸田首相の脚を引っ張る動きが与党内で強まっている。
立憲民主党は補選に勝利しても「自力で勝った」とは思い込まない方がよい。9月の総裁選で岸田退陣・新首相誕生となれば、政治状況は一変するからだ。