岸田文雄首相がついにキーウ訪問を実現して高揚している。
G7首脳で唯一、ゼレンスキー大統領と現地で対面していなかった。このままG7広島サミットを迎えていたら議長としてメンツ丸潰れだった。
何とか訪問を実現したという安堵感に加え、安全面への懸念から政府内で強まる慎重論を振り切って訪問を成し遂げたことで気持ちが昂り、政権運営全般で強硬姿勢を強める可能性もある。
岸田首相は官邸記者クラブの同行記者を引き連れ、政府専用機でインドを訪問。その裏側で19人乗りのプライベートジェットをチャーターし、インドからウクライナの隣国ポーランドへ密かに飛び立った。
同行記者団は出し抜かれたようである。朝日新聞社を代表して同行していた鬼原民幸記者はツイートで以下のように明かしている。
岸田首相は鼻高々だろう。それが逆効果になることを私は懸念している。
まず確認しておきたいことは、岸田首相のキーウ訪問は国際政治的なインパクトはさほどないということだ。すでに他のG7首脳はキーウ訪問を実現させていたうえ、米国追従の日本の首相がゼレンスキー大統領と現地で面会したところで米国の意向と離れた外交を仕掛けるはずもない。
岸田首相がキーウで表明した①殺傷性のない装備品に3000万ドル(約40億円)を拠出②エネルギー分野などに4億7000万ドル(約620億円)の無償支援ーーは想定内の支援といえ、キーウを訪れたこと自体を除いてはサプライズはなかった。
海外メディアはほぼ同時に実現した中国の習近平国家主席のモスクワ訪問と対比して「ロシア・中国vs米欧日」の対立構図が明確になったという位置付けで報じている。
中国の習主席が少なくとも表面上は和平へ動く姿勢をみせたのとは対照的に、日本の岸田首相は泥沼化する戦争に対してウクライナへ全面加担する姿勢を強めた。中国主導の停戦への動きを警戒していた米欧にとって岸田首相のキーウ訪問は「中国への牽制材料」という位置付けでしかない。
私たちがもっとも議論すべきは、岸田首相のメンツを保つためのキーウ訪問が、はたして国益にかなっているのかどうかということだ。国際社会を二分するウクライナ戦争に対して、米国追従を強め、防衛力を抜本的に強化し、さらには戦争当事国の一方に全面的に肩入れすることが、日本の外交安保や経済的な利益を増すことになるのかどうかという視点である。
私はこの点について、岸田首相のキーウ訪問直前にNetIB-NEWSに『【鮫島タイムス別館(11)】ウクライナ戦争を機に日本に求められる外交感覚のリセット』を寄稿していた。その一部を抜粋したい。
平和国家・専守防衛を国是としてきた日本の役割は本来、中立的立場から停戦合意に動くことであっただろう。しかし、ロシア軍の侵攻直後から米国に追従してウクライナを全面支援し、ロシア経済制裁に加わってプーチン氏から敵国視され、仲介役の資格を失った。国内世論も「ウクライナ=正義、ロシア=悪」の善悪二元論に染まり、停戦合意を訴えると「ロシアの味方か」と罵詈雑言を浴びる重々しい空気に包まれたのである。その結果として防衛力増強の声が高まり、専守防衛を逸脱して敵基地攻撃能力を持つ巡航ミサイル・トマホークを米国から購入・配備することが決定し、その財源を確保するための防衛増税まで提起されたのだった。
中国が停戦を目指す動きに対し、西側では「ロシア寄りで中立とは思えない」と見る向きが強い。その指摘はもっともだが、だとすれば日本も西側陣営に身を置く立場から中国とは別のアプローチで停戦に動くことができるはずだ。
G7で唯一の非欧米国である日本がこのタイミングG7サミット議長を務めることに歴史的意義があるとすれば、米国の言うがままにウクライナに全面的に肩入れしてロシア包囲網を強化し、戦争の泥沼化・長期化に加担することではなく、西側陣営の中から一刻も早い停戦をめざして動くことではないのか。
キーウ訪問を経て、岸田首相は残念ながら、私が唱える「停戦」とは真反対の方向へ向かっている。ゼレンスキー政権への軍事支援を拡大して戦争を長期化・泥沼化させ、プーチン政権を打倒することを最優先目標とする米国に追従し、ウクライナへの軍事的・資金的な加担をますます強めていく構えだ。
日本が米欧主導のG7(米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダ、日本、EU)を重視する一方、第三世界を加えたG20(G7+中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカ、オーストラリア、サウジアラビア、インドネシア、トルコ、韓国、メキシコ、アルゼンチン)を軽視していることは、岸田首相がG7サミットの議長役に並々ならぬ意欲を示しているのに、林芳正外相がインドで開催されたG20外相会合に欠席したことにあらわれている。
しかし第三世界が台頭し、いまや国際政治・経済はG20を無視しては動かなくなった。米欧主導のロシア包囲網が出来上がらないのも、G20が米欧と一線を画し、世界が多極構造へ移行することを望んでいるからにほかならない。
米国一強の時代は米国に追従しておけばよかった。しかし中国が米国に覇権争いを挑み、第三世界が両にらみの外交姿勢を強めるなかで、日本だけは相変わらず米国一辺倒でやっていけるのか。ウクライナ戦争は新しい世界秩序への対応を迫っている。