ゼレンスキー大統領はロシアから自由社会を守る英雄であるーー。ロシアのウクライナ侵攻後、米国や欧州はそのようなストーリーをつくり、ゼレンスキー氏を英雄として持ち上げ、ウクライナ国民を対ロシアの戦線に突き出した。
ゼレンスキー氏は欧米の軍事・資金両面の支援を受けてロシアとの戦争を継続し、その結果、おおくのウクライナ国民が犠牲になった。欧米は自分たちの国民を犠牲にすることなく、ウクライナ国民を盾にして、ロシアとの戦争を間接的に続けてきたのだ。
青年男子の国外脱出を禁じ、野党の政治活動を停止し、大統領任期も延長して、独裁体制を築き上げ、欧米に代わって対ロシア戦争を継続してきたのである。
ゼレンスキー氏を全面的に支えたのが、米国のバイデン政権だった。
ウクライナ戦争が長期化するにつれ、原油価格は高騰し、米国のエネルギー業界は大儲けした。米国の軍需産業はウクライナへ大量の武器を売却し、これまた大儲けした。
バイデン政権の基本戦略は、ウクライナ戦争の長期化だった。
そのためにゼレンスキー氏を英雄視し、持ち上げ、ロシアとの停戦協議に入らず、ウクライナ国民を犠牲にして、ただひたすらに戦争を続行させたのである。
ゼレンスキー氏はバイデン政権に使い倒された。けれども本人は欧米政府と欧米メディアに礼賛され、英雄気取りだった。
戦時体制なのだからどの首脳ともスーツを着ないで会談してきたのは、「英雄」だからこそ許される振る舞いだったといえる。
日本は岸田政権のもとでバイデン政権に追従を重ねた。バイデン政権の要求通り、ウクライナに武器装備品を支援し、1兆円の支援も表明する一方、ロシアの経済制裁に加わり、敵国扱いした。
国会はウクライナを全面支持し、ロシアを敵視する国会決議をれいわをのぞく全会一致で可決。ゼレンスキー氏の国会演説をスタンディングオベーションで礼賛したのである。
まさにバイデン政権が描いた「ゼレンスキーの英雄物語」をそのまま受け入れ、彼を大絶賛してきたのだ。
バイデン政権のウクライナ政策を全面否定し、ロシアとの停戦協議に入ると公約して米大統領選に勝利したトランプ政権の誕生は、まさに米国が「ゼレンスキー英雄物語」と決別する転機となった。
トランプ大統領はロシアのプーチン大統領と停戦にむけたディールに入ると宣言。ウクライナはすでに敗戦国であり、ゼレンスキー氏には交渉カードはなく、レアアースを米国に引き渡せばウクライナにかわって米国がロシアと停戦協議をやってやるという立場を鮮明にしたのである。
これはバイデン政権がつくった「ゼレンスキー氏はロシアから自由社会を守る英雄」というストーリーを全否定するものだった。ゼレンスキー英雄物語の幕は閉じたのである。
ゼレンスキー氏はそれに気づかず、自分はロシアとの戦いの最前線に立つ英雄であると、いまなお信じ込んでいる(欧州社会もまたそれを信じている)。そのままホワイトハウスにカジュアルスタイルで乗り込み、英雄としてトランプと向き合ったのだった。
この瞬間に、ふたりの会談の失敗は決定的になっていた。バンス副大統領が途中から口を挟んでトランプ氏とゼレンスキー氏の激しい口論に発展したものの、それ以前の段階でゼレンスキー氏がプーチン氏の悪口を一方的に捲し立てる様子は、とても停戦を望む政治指導者の姿には見えなかった。
停戦が実現すれば、ゼレンスキー氏は英雄ではなくなる。戦争が継続しているからこそ、彼は英雄なのだ。彼を英雄に仕立て上げたのは、バイデン政権だった。バイデン政権を酷評するトランプ氏と、そりが合うはずはなかった。
ロシアのウクライナ侵攻は決して許されるものではない。しかしそれと同時にウクライナを盾に戦争を長期化させることを狙ったアメリカのバイデン政権も政治責任を問われるべきである。
ゼレンスキー英雄物語の終焉で、国際政治は根底から覆る。バイデン政権にひたすら追従した日本のこの数年のウクライナ外交も、根底から覆されるだろう。いったいその責任を誰が取るのか。岸田政権でウクライナ外交を仕切った人々は、いったん退場しない限り、トランプ時代の世界には対応できない。
当時の首相だった岸田文雄が首相再登板を目論むのはもってのほかだ。
ウクライナを外相や官房長官として支援し続けた林芳正はポスト石破の最有力候補とされるが、これまた総理の資格はない。
ゼレンスキー氏を絶賛した立憲民主党をはじめ野党も同様だ。共産党もゼレンスキー氏のスタンディングオベーションに加わったことは忘れてはならない。あの国会決議に反対したのは、れいわ新選組だけだった。
マスコミもウクライナは正義、ロシアは悪という報道一色だった。ゼレンスキー氏を英雄視し、日本のウクライナ支援を正当化する岸田政権の世論対策に一役買ったのだ。
与野党もマスコミも、ゼレンスキー氏を英雄化した過去の言動に縛られ、国際政治の潮目の変化についていけず、どんどん取り残されていくだろう。
私は当時、ゼレンスキー氏を英雄視してウクライナに全面的に肩入れする国会決議を厳しく批判し、日本は何よりも停戦協議を呼びかけるべきだと主張したが、マスコミの世論操作に乗せられた人々から「ロシアに味方するのか」と猛烈なバッシングを浴びた。いまとなっては、私の主張はただしかったというほかない。
トランプ氏は取引重視の現実的外交を展開する。ゼレンスキーの英雄物語は閉幕したという現実を直視し、日本の国益を重視した外交を展開しないと、とんでもないことになろう。
ゼレンスキー氏を礼賛した政治家、外交官、ジャーナリストは、それが間違っていたと明確に認めて謝罪しない限り、あたらしい国際情勢には対応できない。彼らが言ったように、戦争はロシアの敗戦ですぐに終結することはなく、いまなおおおくのウクライナの人々を犠牲にしている。何よりも重要なのは、早期停戦だ。意固地にならず、いったん表舞台から身を引いたほうがよいのではないか。