政治を斬る!

総選挙の勝敗ラインは過半数?それとも議席の増減?「政権選択の選挙」「総理大臣を選ぶ選挙」の意味を改めて考える〜野党は議席を増やしても政権交代が実現できなければ敗北と認識せよ!

与党は大幅に議席を減らしたけれども、過半数は辛うじて維持し、政権交代を防いだ。この場合、与党は勝利なのか、敗北なのか。

野党は大幅に議席を増やしたけれども、過半数には届かず、政権交代は実現できなかった。この場合、野党は勝利なのか、敗北なのか。

総選挙の結果を受けたマスコミ報道は、いつもこの点で錯綜している。与野党の政治家たちも自分にとって都合よく選挙結果を解釈し、それぞれに「勝った」「負けた」と言っている。

総選挙の勝敗ラインに明確なルールはない。まさに結果をどう評価するかという「認定」である。期待された答えを探し出すことに慣れた優等生ほど、このようなルールなき問題に回答するのは難しいようだ。

1993年に自民党が初めて野党に転落し、非自民連立政権が誕生した後、衆院の選挙制度は中選挙区制から小選挙区制へ変わり、与党第1党と野党第1党が政権を競う二大政党制が始まった。

それまでは「自民党は万年与党・社会党は万年野党」の55年体制(自社体制)だった。総選挙がはじまる前から自民党が野党に転落することは想定されておらず、そのなかで各政党(自民、社会、公明、民社、共産…)が中選挙区で議席を争った。自民党は同じ選挙区に複数候補者を擁立し、各派閥がそれぞれを後押ししした。中選挙区時代の総選挙は、各党の対決であるという以上に、自民党の派閥同士の対決でもあったのだ。

そもそも政権交代は想定されておらず、総選挙の勝敗ラインは「現有議席から増やしたか減らしたか」であった。議席が増えれば勝ち、減れば負けと判断する相場感が、政界にもマスコミ界にも定着してきたのである。

1996年総選挙から小選挙区制が導入され、政界再編のなかで野党は民主党に収れんしていった。総選挙は与党第1党(自民党)と野党第1党(民主党)が政権を争うものという見方がすこしずつ浸透していった。有権者からみれば「政権選択の選挙」「総理を選ぶ選挙」(すなわち、自民党総裁と民主党代表のどちらを総理にするかを決める選挙)ということになり、マスコミもそのような意味合いを広く報じた。

その考え方を徹底すれば、総選挙の勝敗ラインは現有議席を比べて増えたか減ったかではなく、どちらが過半数を制したか(政権を取った方が勝ち)ということになる。冒頭の問いに置き換えれば、「与党は議席を減らしても過半数を維持すれば勝ち」「野党は議席を増やしても過半数に届かなければ負け」というわけだ。

ところが、実際は政治家たちもマスコミもそう判断してこなかった。野党が政権を奪取するリアリズムがあまりなく、過半数に届かなくても議席を大幅に増やせば「大躍進」などと報じ、事実上の勝利として報じてきたのである。

この結果、野党第一党の党首は政権交代を実現できなくても、議席を増やせば続投することなった。彼らにとってはそのほうが党首の座を守るのに都合が良かったのである。

このような選挙が繰り返されるうちに、「政権選択の選挙」「総理を選ぶ選挙」の意味合いは次第に薄れ、小選挙区・二大政党政治を導入した意義は失われていった。ついには野党第一党の党首(立憲民主党の泉健太代表)が総選挙の前から政権交代を目標に掲げず、「過半数に遠く及ばない150議席」を自らの責任ラインに据えるに至ったのである。

小選挙区制度は有権者に二者択一を迫る制度だ。自民の候補も立憲の候補もいやだけど、よりマシな方に投票したという有権者は少なくない。政権交代が繰り返されたほうが、政治腐敗を防ぐことができるという理念に基づいて、あえて一騎打ちの対決構図を作り出しているのである。

やはり総選挙の勝敗ラインは議席の増減ではなく過半数をどちらが制したかで判断すべきだ。もちろん自民党が議席を大きく減らした場合、仮に過半数を維持しても首相の政治責任を問う声が出るだろう。ただしそれは自民党内の権力闘争であって、総選挙としては「与党が逃げ切って勝利した」と位置付けなければ、いつまでも」政権選択の選挙」「総理を選ぶ選挙」という意識が定着しない。

9月には自民党総裁選と立憲民主党代表選があり、その直後には解散総選挙が行われる可能性がある。ここで勝敗ラインについて社会全体で再確認しておく必要がある。

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