岸田政権の人事は安倍晋三氏と麻生太郎氏が好き放題に決めた。両氏と極めて親密な甘利明氏の幹事長起用は象徴的である。絵に描いたような傀儡政権だ。
そのなかで唯一のナゾは、安倍側近の萩生田光一文科相の官房長官起用が直前になって見送られたことである。
萩生田氏は安倍氏が事実上率いる最大派閥・細田派の主力議員で、安倍氏の権力私物化が指摘された加計学園疑惑でも登場した側近中の側近議員である。岸田内閣の要である官房長官に就任すれば、甘利幹事長と並ぶ「安倍傀儡」を象徴する人事となるところだった。
結局、官房長官には同じ細田派の事務総長である松野博一氏が起用されることになった。安倍氏が細田派から官房長官を送り込み、首相官邸を配下に置く姿勢を誇示しているのは明らかだ。
一方で、萩生田氏は文科相留任を含めて要職への起用が有力視されている。萩生田氏の起用を直前になって見送ったのは、萩生田氏にまつわる何らかの理由から、内閣の要として注目が集まる「官房長官」というポストを避けたということであろう。
その理由とは何か。思い浮かぶのは、れいわ新選組の山本太郎代表の存在である。
山本氏は昨夏の東京都知事選出馬にあたって立憲民主党の枝野幸男代表との確執が深まり、野党共闘と一線を画してきた。しかし、枝野氏が市民連合の仲介による野党の政策合意で消費税5%への減税を受け入れたことを機に関係を修復。11月の衆院選では野党共闘に加わり、山本氏自身はインパクトのある選挙区を選んで野党共闘候補として出馬する意向を示している。
内閣支持率が続落した菅政権末期は、山本氏が菅義偉首相の選挙区である衆院神奈川2区から出馬して菅首相に落選運動を展開し、全国の注目区に仕立て上げる構想もあった。菅首相の退陣表明でその構想は消えたが、山本氏は新たに二つの選挙区に絞り込んで検討を進めている考えを示し、その動向に注目が集まっている。
山本氏が出馬する有力候補として浮上しているのが、萩生田氏の選挙区である衆院東京24区(八王子市の大部分)なのだ。
萩生田氏は東京都議出身で当選5回。自民党が下野した2009年衆院選では民主党候補に敗れ落選している。永田町では安倍氏の側近中の側近として強い影響力を誇っているが、地元の選挙地盤は万全とは言い切れない。無党派層の多い首都圏でもあり、山本氏が参戦して萩生田氏をなぎ倒す余地は十分にある。
安倍側近の萩生田氏の地元に山本氏が対抗馬として乗り込めば、全国注目の選挙区となるのは間違いない。安倍氏も側近を見捨てるわけにいかず、応援に駆けつけるだろう。山本氏と萩生田氏の「一騎討ち」は話題を呼ぶに違いない。しかも岸田政権の安倍傀儡ぶりが鮮明となり、「安倍支配の是非」が衆院選の争点に浮上するのは確実だ。山本氏が東京24区から出馬する意義は高まっている。
そこへ萩生田氏が内閣の要である官房長官に就任して「安倍傀儡のシンボル」となれば、山本氏の東京24区からの出馬は決定的だったろう。「安倍支配の是非」を問う格好の選挙区になったに違いない。安倍側近として我が世の春を迎えるはずの萩生田氏は一転して「落選」の危機に直面したことだろう。
安倍氏も萩生田氏もそれを避けたかったのではないかーーというのが私の見立てだ。つまり、衆院選前に官房長官として目立ち、山本氏の対抗馬として引き寄せることを恐れたというわけである。
代わりに官房長官に就任する松野氏は、ニュース速報で人事が流れた後、ネット上で「松野って?」という言葉が飛び交うほど影は薄い。松野氏の選挙区である衆院千葉3区に山本氏が出馬しても、東京24区ほどは盛り上がらない。そこで萩生田氏から松野氏に差し替えたということではないか。
山本氏ほど対抗馬として恐れられている政治家は、いまの野党にはいない。なにしろ全国どこからでも出馬できる機動力を兼ね備えた不気味な存在なのだ。それでいて、強烈なカリスマ性がある。
これほど自民党議員たちを震え上がらせる存在はほかにない。萩生田氏ならずとも多くの自民党議員は「うちの選挙区にだけは来てくれるな」と内心願っているに違いない。
枝野氏は山本氏の破壊力を率直に認めるべきである。山本氏を野党共闘のシンボルとしてどの選挙区から擁立するかは、自民党総裁選ですっかり埋没した野党が世間の関心を取り戻すための貴重なカードだ。山本氏以上に世論を引き寄せられるカリスマ性を備えた政治家は、いまの立憲民主党には枝野氏を含めて見当たらないことを自覚する必要がある。
枝野氏はこれまで山本氏のカリスマ性を警戒してきた。山本氏を野党共闘に抱きこんで政権交代の機運を高めるという度量を見せず、逆に冷淡に突き放して狭量さをさらけ出した。その結果、れいわ新選組は山本氏が不向きな政党運営で混乱して失速し、野党陣営は強力なエネルギー源を失った。もったいないことだった。
菅首相の退陣で自民党支持率が急速に回復。野党は埋没する危機に直面し、枝野氏はようやく山本氏との連携に踏み出した。これは野党共闘にとって不幸中の幸いである。山本氏出馬の強力なカードを有効活用しない手はない。
萩生田氏の官房長官見送りは、山本氏の潜在的破壊力を物語るエピソードだと私は思う。自民党が立憲民主党より優っているのは、世論の動向に敏感なことだ。
対照的に枝野氏に最も欠けているのは、自らニュースを作り出し、世論を盛り上げていく政治センスである。これなくして、政権交代など不可能だ。枝野氏に不足している能力を、山本氏は兼ね備えている。野党共闘の首相候補として、山本氏を敵視するのではなく、彼を受け入れ、大きく羽ばたかせる度量をみせてほしい。
さて、山本氏は最終的にどこの選挙区を選ぶのか。誰を狙い撃ちするか。それは衆院選の争点を決定づける重要な選択となろう。政権交代を目指す野党にとって、自ら争点を作り出す貴重なカードだ。
官房長官ではないにしても萩生田氏に体当たりして「安倍側近の落選運動」をショーアップするのもよいだろう。ただ、私はもうひとつ有力な選択肢を提案したい。本丸中の本丸である疑惑の政治家・甘利氏の衆院神奈川13区(大和市、海老名市など)から出馬するのはどうか。
東京24区ほど無党派層の多い選挙区ではないが、安倍氏とも麻生氏とも親密で、念願の幹事長の座をついに射止め、我が世の春を迎えた甘利氏を震え上がらせる効果は十分にある。支持率が急回復して楽勝ムードが漂う自民党を一転して緊迫させる効果も絶大だろう。
何より安倍氏と麻生氏による「岸田政権支配」にスポットライトを当てるには、山本氏が神奈川13区に乗り込むのがベストだと私は思う。山本氏が神奈川13区で大暴れしつつ、れいわ候補として南関東ブロックに重複立候補すれば、国政復帰の可能性も高いだろう。山本氏のカリスマ性も甦ってくるのではなかろうか。