衆院選が公示された。
安倍晋三氏の権力私物化による疑惑の数々、それを覆い隠す虚偽答弁や公文書改ざんなどの隠蔽工作、その結果進んだ官僚のモラル崩壊、そしてコロナ禍での医療崩壊…。
円安株高を最優先にしたアベノミクスは大企業や富裕層ばかりを潤わせ貧富の格差を拡大させた。この4年間の自公政権の「失政」は明らかだ。
衆院選最大の意味は「自公政権の4年」の是非を問うことである。
ところが、衆院選は今のところ、いまいち盛り上がりを欠いている。政権交代への熱気も高まっていない。
テレビ朝日の世論調査によると、衆院選に「必ず行く」と答えたのは59%だった。これは高い数字なのか。
前回衆院選で「必ず行く」と答えたのは68%だったが、実際の投票率は54%にとどまった。前々回に「必ず行く」と答えたのは69%で、実際の投票率は53%だった。「必ず行く」という回答より実際の投票率はおおむね15%ほど下がっている。「必ず行く」が59%しかない今回は50%を大きく割り込む恐れがあるのだ。
民主党政権が誕生した2009年衆院選は投票率が69%まで上昇した。その後、安倍自民党が6連勝した衆参選挙の投票率はいずれも5割そこそこ。投票率が低いと組織力で勝る自公が圧勝するというパターンは過去6回の選挙で実証済みである。
野党は大ピンチである。 投開票日まであと12日。投票率を引き上げなければ、とうてい勝ち目はない。
立憲民主党の枝野幸男代表は公示前日の10月18日、日本記者クラブ主催の党首討論会で「野党連立政権」ではなく「立憲民主党の単独政権」を目指すと明言した。共産党やれいわ新選組が大きく譲歩し、全国の選挙区で立憲民主候補への一本化が一挙に進んだ後、「単独政権」を掲げたのである。
枝野氏はそもそも「野党連立政権」を樹立するつもりはなかったようだ。「野党共闘」は市民連合が主導したもので、自らは「野党共闘」という言葉を使っていないという姿勢を示している。
それにしても、わざわざ公示前日に「単独政権」に言及する必要はあったのだろうか。「野党共闘」は立憲民主党が議席を増やすために他の野党候補の出馬をやめさせる「口実」だったと疑われても仕方がない。
政権交代を願って立民候補に選挙区を譲った共産党やれいわの候補者や支援者たちは、「野党共闘」のリーダーである枝野氏の「単独政権」発言に接し、ハシゴを外された思いだろう。これから「野党共闘」を掲げて立民候補を支援する彼らの思いを察すると胸が苦しくなる。野党各党の支持者を結束させて小選挙区での勝利を目指す立民候補もやりづらくなったことだろう。
枝野氏には野党全体のリーダーとして「野党共闘」を堂々と宣言してほしかった。それでこそ政権交代への熱気は高まる。野党第一党が自分のことを優先しては「野党共闘」も「政権交代」の機運も盛り上がらない。とても残念だ。
単独過半数の可能性が高いと情勢調査で予測されている自民党でさえ「自公与党で過半数」を勝敗ラインに掲げている。連立相手に対する当然の配慮であろう。それに比して単独過半数に届く可能性がゼロに近い立憲民主党が「単独政権」を掲げる異様さは、この国の野党の未熟さを映し出しているというほかない。とりわけ、れいわ新選組への態度は冷淡だ。
前回衆院選は希望の党を旗揚げした小池百合子東京都知事が枝野氏らを「排除」し、野党は自滅した。今回は立憲民主党の枝野氏が「野党共闘」を自己否定し、れいわを「排除」しているように映る。政権交代を願う有権者は戸惑うばかりだ。
野党の自滅が与党の腐敗を継続させる。この繰り返しは避けねばならない。そのためには、投票率を大幅にアップさせるしかない。
医療崩壊を招いた菅政権への批判が沸騰し、「菅おろし」を求める世論がうねりをみせた今夏、政治への関心は大きく高まっていた。
自民党は「菅おろし」を実行してみせ、世論の怒りを鎮めた。9月にはマスコミ報道を総裁選一色に染め上げ、支持率を回復させた。10月に入ると一転して地味な岸田政権を立ち上げ、緊急事態宣言を解除して行楽気分・宴会気分を喚起し、衆院選への関心が高まらないように世論を誘導している。
マスコミはいま、衆院選よりも眞子内親王の結婚報道に力を入れている。しかも岸田政権は衆院選日程を一週間繰り上げ、自公の組織票を固めて低投票率で逃げ切る「いつもの必勝パターン」を画策している。いまのところその戦術は的中している。
立憲民主党は消費税5%への減税や年収1000万円以下の所得税1年免除など大胆な格差是正を打ち出しているが、肝心の政権交代のリアリズムがないため、衆院選への関心は高まらない。自民党の狡猾な「低投票率作戦」に埋没してしまっている。この流れを断ち切らなければならない。
自公政権の傲慢な政権運営に歯止めをかけるには、自公が圧倒的多数を占める国会の現状を変え、政治に緊張感を取り戻すしかない。野党が議席を大幅に増やすことが不可欠だ。少なくとも自公を過半数割れに追い込み、連立政権の枠組みを変え、政治をリセットしなければならない。
そのためには野党に奮闘してもらわなければならない。鍵を握るのはやはり投票率である。
立憲民主党は小選挙区で野党一本化が進めば、政権交代のリアリズムが高まり、衆院選への関心も高まって投票率が上がるという「戦略」を描いてきた。いまのところ目の前で起きている現実はまったく逆だ。
立憲民主党は公示間近に共産党との間で慌ただしく一本化を決めた。このような上意下達の一本化に耐えられるのは組織政党の共産党だけだと私は思っていた。
ところが、共産党の足元も大きく変わってきたようである。各地で根を張って活動してきた共産党の候補予定者や支援者には、政権交代のために一本化は必要であることを理解しつつも、突然降ってきた一本化への戸惑いや疑問をSNSで発信する人も少なくない。誰もが自由に発信できるデジタル時代が本格到来し、共産党でさえも上意下達の一本化に対する現場の違和感を封じることは難しくなっているのだろう。
懸命に応援してきた候補者が突然、上からの命令で出馬を取りやめ、これまでライバルであった他党の候補者を応援しなさいと言われても、支援者たちは簡単に心の整理がつかない。一本化するならもっと早く決めてよ、ここまで頑張ってきたのは何だったの?という思いを引きずるのは当然だ。彼・彼女らの熱量は下がる。そのようなことが全国津々浦々で起きている。
はたしてそれで投票率が上がるのか。野党同士が切磋琢磨するほうが全体の熱量は増大し、投票率アップにつながるのではないか。
この点は詳細な検証が必要である。しかし「野党一本化は投票率を上げる」と決めつけるのは早計だろう。
マスコミは公示後は客観中立の建前に逃げ込んで、傍観的な選挙報道が一挙に強まる。与野党の主張を並列的に流して「選挙報道」をしたフリをする。
そのようなマスコミ報道に頼っていては、世論を喚起して投票率を大幅アップさせることは期待できない。野党が自らニュースを作り出し、自ら世論を喚起し、自ら投票率をアップさせるしかないのだ。
少なくとも選挙戦に突入した以上、野党各党は内向きに小さくまとまることなく、摩擦を恐れずにそれぞれの違いを堂々と主張して切磋琢磨した方がいい。野党同士の激しくぶつかり合うという「ニュース」もまた、どちらが正しいのかという世論の関心を惹起させ、投票率アップへの材料となる。
投票率を上げないことには政権交代は遠のくばかりだ。このまま座して低投票率を受け入れるのか。投票率アップを目指し、なりふり構わず大胆な仕掛けを次々に繰り出して話題を提供していくほかない。
ここで、2019年参院選にれいわ公認で出馬した大学教授の安冨歩さんが公示前に発信した大胆な提案と、それを解説するジャーナリストの畠山理仁さんのツイートを紹介したい。これはあくまでも「頭の体操」である。
安冨さんはこう提案した。
今からでも遅くない。山本太郎は埼玉5区から出るべきだ。それがこの総選挙で政権交代を実現する、唯一の道だ。
畠山さんはこう解説した。
埼玉5区は立憲民主党・枝野幸男代表の選挙区。もし、れいわ新選組・山本太郎代表が出たら、埼玉5区で野党による「総裁選」が始まることになる。枝野代表や立憲民主党の票も底上げされるのではないだろうか。
山本氏は今回の衆院選で自らの国政復帰を第一目標にしている。さらには「野党共闘を壊す」のは本望ではなく、安冨さんの「埼玉5区出馬案」に乗ることはなかった。賢明な選択だと思う。
ただし、安冨さんの問題提起は核心を突いている。お行儀よく内輪でまとまる「野党共闘」だけでは、無党派層の関心を引き寄せるのは難しい。投票率を大幅アップさせるには、このような「摩擦」を引き起こして有権者をハラハラドキドキさせる大胆な行動が必要なのだ。
野党一本化さえ進めば有権者がついてくると思うのは、上から目線のエリート主義である。「二者択一」の選挙構図で選択肢を奪われ、飽き飽きしている有権者は少なくない。上から降ってくる「候補者一本化」ほどつまらないものはない。
畠山さんは、れいわが台頭した2019年参院選以降の山本氏と枝野氏の確執を踏まえ、ふたりが水面下で小競り合いを重ねて相互不信を強めるよりも、いっそのこと山本氏が埼玉5区に乗り込んで枝野氏と野党リーダーの座を賭けて直接戦えば良いーーと安冨さんの提案意図を読み解いている。
このような壮大な仕掛けこそ、有権者の関心を引き寄せ、投票率を大幅にアップさせ、ひいては野党全体の得票を大幅に増やすという提案だ。いまの野党に最も欠けている発想であろう。こぢんまりとまとまっていたら政治の停滞感は突き崩せない。
今後の課題として、野党各党が各地の選挙区で開かれた予備選を共同実施し、その勝者を野党統一候補とすることを提案したい。「上意下達の一本化」よりも「開かれた予備選」の方が、よほど野党の党勢を拡大し、政治への参加意識を高め、投票率アップにつながるだろう。