横浜市長選(8月22日投開票)が大混戦になっている。かつて横浜市議時代に「影の市長」と言われた菅義偉首相を後ろ盾にカジノ(IR)誘致を進めてきた現職の林文子市長を含め、9人が出馬を表明。菅首相の地元で自民分裂の乱戦の様相で、秋の総選挙にむけて菅政権の求心力低下を招きかねない展開だ。一位の得票が4分の1以上に達せず再選挙になる可能性も指摘されている。
出馬を表明しているのは以下の9人。
林文子(75) 現職(当選3回) 元ダイエー会長
小此木八郎(56) 前自民党衆院議員、前国家公安委員長
松沢成文(63) 維新の会参院議員、元民主党衆院議員、元神奈川県知事
山中竹春(48) 元横浜市立大教授 <立憲民主党推薦>
福田峰之(57) 元自民党衆院議員
田中康夫(65) 元長野県知事、元衆院議員、元参院議員
郷原信郎(66) 弁護士、元検事
太田正孝(75) 横浜市議
坪倉良和(70) 水産卸売会社社長
(動物愛護団体代表理事の藤村晃子氏(48)も出馬を表明していたが、カジノ反対派が乱立して反対票が割れるのを防ぐとして撤回した)
林市長は2009年の市長選で民主党の推薦を受けて初当選したが、就任後は自民党との関係を強め、特に菅首相の支援を強く受けてきた。安倍政権が推進するカジノ(IR)横浜誘致を菅首相とともに掲げ、4選を目指して出馬表明した。
これに対し、菅首相がかつて秘書を務めた小此木彦三郎元建設相の地盤を注いだ三男の小此木八郎衆院議員が現役閣僚(国家公安委員長)を辞任してたうえでカジノ誘致反対を掲げて出馬表明。小此木氏は昨秋の自民党総裁選で菅陣営の選対本部長を務めた「菅側近」だけに、政界には驚きが広がった。カジノ誘致をめぐり菅首相のお膝元で自民党が分裂する事態に陥ったのである。
一方、野党第一党の立憲民主党は地元の実力者である江田憲司衆院議員が主導して元横浜市立大学教授の山中氏を擁立した。共産党も野党共闘の枠組みを重視して山中氏支援に回る。一方で、知名度が高い田中康夫氏や野党支持者に評価の高い郷原信郎氏が相次いで出馬表明したうえ、元民主党衆院議員で元神奈川県知事の松沢成文氏も出馬表明に踏み切り、「反現職・反自民」の票が分散する可能性もある。
自民党も立憲民主党も求心力を欠く現在の政局を映し出す横浜市長選。8月22日の投開票結果は、秋の総選挙へ少なからず影響を与えるだろう。その行方は改めて読み解くとして、きょうは著名な政治家がこぞって横浜市長選に名乗りを上げる背景について考察したい。
出馬表明した9人の顔ぶれは相当なものだ。「現首相の後ろ盾を受ける市長」と「現首相の側近である閣僚」の激突に注目が集まるが、全員の経歴をみると、国会議員経験者が4人、元知事が2人いる。閣僚や国会議員の地位を投げ打って挑戦するほど、政治家にとって「横浜市長」のポストは魅力的なのだ。
横浜市は人口378万人。一般会計予算は2兆円を超える。日本最大の市だ。そのトップの市長は国会議員や県知事よりはるかに強大な「権力者」といえるだろう。
まして国会議員として影が薄くなっていた東京都の小池百合子知事や無名の存在だった大阪府の吉村洋文知事がコロナ対策でマスコミ露出度を高めて国民的な知名度を一挙にアップさせ、「首相候補」として名前があがるまでになった現実を目のあたりにすると、野心的な政治家にとって「巨大自治体のリーダー」はますます魅力的に映るに違いない。「知事や市長として実績をあげた政治家」が国政に進出(復帰)して一挙に首相の座を射止めるという諸外国ではよく見られるストーリーが日本でもそう遠くない将来に実現すると多くの政治家は感じているのだ。
私も永田町の密室政治に対する国民の不信感・閉塞感が強まる今、知事や市長として実績をあげた政治家を政党が首相候補として担いで総選挙に挑むことは、近い将来に十分にありうるとみている。
今秋の総選挙で「首相の座」を争うことになる与党第一党・自民党総裁の菅首相、野党第一党・立憲民主党代表の枝野幸男氏はともに国民的人気が低調だ。とくに野党は「権力を行使してやってみせる」ことができないのが最大の弱みであり、政権奪取を目指す上で、自治体リーダーとして実績をあげた「首長」を首相候補に担ぐ選挙戦術は非常に効果的といえるだろう。コロナ対策で国に先んじて「社会的検査の拡大」に取り組んだ東京都世田谷区の保坂展人区長らは有力候補ではないか。
問題は、立憲民主党を中心とする野党共闘の政策理念と一致する知事や市長が非常に少ないことだ。これは野党が各地の地方行政の現場で強固な政治基盤を築くことができていないことの裏返しである。
地方選挙の結果を振り返れば、野党が知事選や市長選で勝利した事例がないわけではない。現に横浜市の林市長も最初は民主党推薦候補として自公両党が支援する候補を破って初当選したのだった。
ところが、野党の支援を受けて与党候補を破った首長たちが初当選後に自民党に接近し、再選をめざす時には与野党相乗りに転じるという事例は後を絶たない(林市長はまさにこのケースである)。県議会や市議会の議席を自民党が圧倒的に抑えているため、知事や市長になっても自民党と全面対決したら県政や市政が停滞する恐れがあることから、歩み寄る必要に迫られるのである。
大阪府知事・大阪市長を歴任した橋下徹氏や東京都知事に転じた小池百合子氏は、この状況を突破するため、自前の地域政党を立ち上げて地方議会選挙に挑み、一定の勢力を得て自民党に対抗してきたのだった(小池知事が率いる都民ファーストは自民党との対決モードを転換して今夏の都議選で大きく議席を減らした。橋下氏が立ち上げた維新は地元・大阪で自民党との対決姿勢を続けていることが勢力維持の秘訣であろう)。
一方、民主党(立憲民主党)は、せっかく知事選や市長選に勝っても、その後の地方議会選挙で勢力を拡大する努力を怠ってきた。これは最大の支持団体である連合が地方行政では「与野党相乗り」のかたちで常に知事や市長の側につくことを強く望み、自民党との激突を嫌うからである。せっかく知事選や市長選に勝利しても、地方議会で自民党と対抗する勢力を育ててこなかったことが、大阪維新のような政治基盤を民主党が各地で築くことができなかった主因であると私はみている。
横浜市長選の大混戦は、国会議員よりも自治体リーダーの政治力がはるかに上回る政界の現実を映し出す。立憲民主党がこの流れに乗り遅れている限り、政権交代の現実味は増してこないだろう。