総理のメンツか、国民生活か――。永田町はいま、この二択のはざまで大きく揺れている。高市早苗首相がこだわり続けてきた「予算の年度内成立」は、ここにきて事実上、崩れつつある。
高市首相は衆院で予算案を強行採決した。総選挙での圧勝を背景に「数の力」で押し切った形だ。しかし、参院では状況が一変する。与党は過半数を割り、野党の協力なしには採決すらままならない。年度末の3月31日まで1週間を切り、年度内成立は絶望的となった。残された選択肢は「暫定予算」の編成である。
転機は3月23日。日米首脳会談から帰国した直後、官邸は方針転換に踏み切った。木原稔官房長官が参院自民党幹部に対し、「不測の事態に備えて暫定予算を編成する方向で検討したい」と伝えたのである。
この「不測の事態」という言い回し自体が、政治の本質を物語っている。実態は「ほぼ確実に年度内成立は不可能」だが、それを正面から認めれば、高市首相のメンツが崩れる。だからこそ、あえて曖昧な表現が選ばれた。
予算案は参院で否決されても衆院の議決が優先される。しかし、審議そのものが引き延ばされれば、年度内成立は不可能となる。さらに、衆院通過から30日後に成立する「自然成立」の仕組みもあるが、今年の場合は4月11日。いずれにせよ間に合わない。
そもそも、この事態の出発点は1月の抜き打ち解散だった。高市首相は総選挙に勝利し、その勢いのまま予算の年度内成立を狙った。だが、衆院での強行採決は野党の反発を招き、参院での審議を硬直させる結果となった。国会運営の力学を見誤った可能性は否定できない。
自民党内の国会対策のプロたちも、総選挙で圧勝した首相に強く異を唱えることができなかった。「高市一強体制」のもろさが、早くも露呈した格好だ。
こうして、政府与党は暫定予算へと舵を切らざるを得なくなった。ただし、ここでも問題は「どう見せるか」である。年度内成立を最後まで目指したが、やむを得ず間に合わなかった――そのストーリーを演出する必要がある。3月31日ぎりぎりまで「成立を目指す姿勢」を崩さないのは、そのためだ。
では、暫定予算とは何か。本予算が成立するまでの「つなぎ」として、最低限の行政機能を維持するための予算である。公務員の給与、年金の支給、自治体の基本業務など、止めることのできない支出を確保する。これがなければ、行政は即座に機能不全に陥る。
通常、暫定予算には新規政策は盛り込まれない。しかし、今回は事情が異なる。アメリカによるイラン攻撃の影響で原油価格が高騰し、ガソリン価格は急上昇。放置すれば200円を突破する可能性がある。国民生活への打撃は深刻だ。
高市政権はすでに、基金残高2800億円を取り崩して補助金を投入し、ガソリン価格を170円程度に抑えている。しかし、この措置は1カ月程度で限界を迎える。さらに予備費1兆円のうち8000億円を追加投入する方針だが、これも2~3カ月で底をつく見通しだ。災害対応のための予備費を食いつぶすリスクも無視できない。
この綱渡りの財政運営に対し、玉木雄一郎代表率いる国民民主党が対案を提示した。エネルギー高騰対策を盛り込んだ「補正予算的な暫定予算」である。暫定予算は法的には内容の制約がないため、政策経費を含めることも可能だ。本予算成立までの空白期間に、即座に対策を実施できるという理屈である。
さらに国民民主党は、その内容を後に本予算へ反映させればよいと提案する。確かに合理的であり、スピード感の面でも優れている。だが、政府与党は慎重姿勢を崩していない。
最大の理由は政治的メンツだ。国民民主党は、衆院段階で「採決を急がず、暫定予算にエネルギー対策を盛り込めば賛成する」と提案していた。それを拒否して強行採決に踏み切った以上、いまになって方針転換するのは「敗北」を認めるに等しい。
加えて、麻生太郎副総裁との関係も影を落とす。国民民主党は麻生氏と近いとされ、高市首相は「麻生支配」からの脱却を図っている。その文脈で国民民主党との連携は避けたい――そうした政局判断も働いている。
結果として、政策合理性よりも政治的体面が前面に出る構図となっている。まさに「メンツとメンツの戦い」だ。
年度末まで残された時間はわずかだ。暫定予算は成立するのか。そして、その中身はどうなるのか。高市首相はメンツを守り切るのか、それとも現実に折り合いをつけるのか。永田町の攻防は、いよいよ最終局面に入っている。