「最近、事実と全く異なる報道が増えすぎている」。週末、高市早苗総理がSNSに連投したこの一文が、永田町に波紋を広げている。
異例だったのは、その分量とタイミングだ。現職の総理大臣が、休日に長文の投稿を繰り返し、マスコミ報道を名指しで否定するケースは極めて珍しい。しかも内容を丁寧に読み解くと、浮かび上がってくるのは「否定した報道」よりも、むしろ「否定しなかった報道」の存在である。
発端は、参院予算委員会をめぐる報道だった。高市総理は、自らが集中審議を避けているとの見方について、「全く事実ではない」と明確に否定。自民党幹部には出席の意思を伝えていたことや、外国首脳との会談日程と重ならないよう配慮を求めた経緯を説明した。
背景には、出席時間の少なさを指摘する報道があった。過去の政権と比較して著しく短いとされ、「出たくないと言っている」との匿名証言まで紹介された。これが、参院側の足並みの乱れで予算成立が遅れた責任を、総理自身に転嫁するものだと受け止めた可能性は高い。高市総理にとっては、看過できない論点だったのだろう。
続いて問題となったのが、ナフサ供給をめぐる報道だ。「6月には供給が途絶える」との見方に対し、高市総理は具体的な備蓄量や輸入先の多角化を挙げ、全面否定した。ここでも、データを並べて反論する姿勢は明確だった。
この二つの投稿を踏まえたうえで、高市総理は「他の事も含めて」と含みを持たせた。ここが今回の最大のポイントである。表向きには参院予算委とナフサ報道への反論だが、政治関係者の多くは、それだけを指しているとは受け止めていない。
では、本当に意識していた報道は何か。ひとつは、月刊誌「選択」が報じた官邸内の衝突だ。今井尚哉・内閣官房参与との間で、自衛隊派遣をめぐり激しい対立があり、総理が「辞める」と口走ったという内容である。もうひとつは、いわゆる「サナエトークン」問題。周辺関係者が総理の名前を使った暗号資産を巡る資金集めに関与していたとする疑惑で、証言報道も出ている。
いずれも政権中枢に直撃するテーマであり、参院審議やエネルギー問題とは次元が異なる。にもかかわらず、高市総理はこれらについてSNSで直接反論していない。この「沈黙」が、逆に疑念を呼んでいる。
仮にこれらが完全な誤報であれば、総理自ら強く否定することも可能だったはずだ。だが、そうはしなかった。結果として、「反論できる案件だけを選んで否定し、より深刻な疑惑から目を逸らそうとしているのではないか」という見方が広がることになった。
ここに、危機管理の難しさがある。SNSは即応性に優れ、世論に直接訴える強力なツールだ。しかし、選択的に使えば、その「選択」自体がメッセージになってしまう。今回のように、否定した内容よりも、否定しなかった内容に注目が集まる構図は、その典型例だ。
高市総理の発信スタイルは、これまで支持率を押し上げる要因でもあった。率直でスピード感のある言葉は、有権者に「わかりやすさ」と「決断力」を印象づける。ドナルド・トランプのように、SNSを通じて政治を動かす手法への共感もあるのだろう。
ただし、トップの発信が個人の判断に依存する度合いが強まれば、その分だけリスクも高まる。官邸内で十分に精査されないまま発信された場合、意図しないメッセージが独り歩きする可能性は避けられない。今回の連続投稿も、練り上げられた戦略というよりは、週末の報道に対する感情的な反応に近い印象を与えている。
政権運営の観点から見れば、これは小さくない変化だ。通常、総理の発言は官邸全体で調整され、政治的リスクを最小化する形で発信される。しかし、SNSという場では、そのプロセスが簡略化されやすい。結果として、政権の「内側の揺らぎ」が外部に露出することになる。
高市政権は、総選挙で大勝し、高い支持率を維持している。外から見れば盤石に映る。しかし、その内実では、党内の不満や官邸内の緊張が蓄積しているとの指摘も少なくない。そうした状況下での今回のSNS発信は、強さと同時に、ある種の不安定さも映し出した。
政治において重要なのは、何を語るかだけではない。何を語らないか、その選択もまた、強いメッセージを持つ。今回の一連の投稿は、そのことを改めて示したと言えるだろう。