政治を斬る!

れいわはどこへ向かうのか――大石あきこ体制が突きつけた限界

れいわ新選組の顔が変わった。
創設者の山本太郎代表から、大石あきこ共同代表へ。だが、その直後に行われた総選挙で、れいわは壊滅的敗北を喫し、大石氏本人も落選した。

通常であれば責任を取って辞任する局面である。ところが大石氏は退かなかった。非議員のまま共同代表にとどまり、むしろ党内の実権を強めた。党役員から敗北責任を問う声は上がらず、れいわはまるで「乗っ取られた」ような構図になっている。

大石氏による他党への過激な攻撃は続き、ネット上では炎上が常態化。支持層は分裂し、れいわは崩壊寸前にある。問題はどこにあるのか。

惨敗が示した拒絶

総選挙直前、山本氏は体調悪化を公表し参院議員を辞職、政治活動の無期限停止を表明した。

代役として前面に立ったのが大石氏である。テレビの党首討論にほぼ独占的に出演し、激しい言葉で他党を批判したが、その姿勢には批判が噴出した。

結果は数字に表れた。比例票は170万票。半年前の参院選から220万票減り、9議席から1議席へ激減。しかもその1議席は自民党が勝ちすぎて比例候補が足りなくなった結果の「おこぼれ当選」。本来ならゼロだった。

大石氏自身も大阪5区で得票1万9867票、得票率は10%を切った。比例復活の基準にも届かず、供託金も没収される惨敗だ。党の顔としてテレビ出演をほぼ独占し、知名度が上がったにもかかわらず、自らも票も大きく減らす負けぶりである。彼女の過激路線は世論から完全に拒絶されたといっていい。

山本氏の演説が論理とパフォーマンスを兼ね備えていたのに対し、大石氏の訴えは感情が先行し、政策の具体性が乏しい。れいわの躍進を支えた「積極財政」や「消費税廃止」という看板政策より、憲法や人権など左派のイデオロギー色が前面に出た結果、無党派層が離れた。

大石・奥田体制の成立

総選挙では櫛渕万里共同代表や高井崇志幹事長も落選し、役職を退いた。しかし大石氏だけは共同代表に残留し、さらに過激な発信で知られる奥田ふみよ参院議員が共同代表に加わった。

新ポスターの中心は非議員の大石氏で、活動停止中の山本氏と新たに共同代表になった奥田氏が両脇を固める。新体制の発表会見は大石氏の独壇場で、体制継承を強調し、自らが実権を担う姿勢を鮮明にした。

ネットは炎上し、支持率は1%前後に沈む。党内には無言の抵抗も見えるが、公然と異論を唱える動きはない。敗北責任を棚上げしたまま支配力が強まる構図は、外に敵をつくり内部統制を強める独裁体制の典型だ。

石破茂との共通点

選挙敗北後も居座る権力者といえば、石破茂前総理が思い浮かぶ。衆院選で自ら掲げた勝敗ラインを割りながら続投し、結果として参院選でも敗北を重ねた。

自民党は当初分裂回避を優先し動かなかったが、最終的には主流派も反主流派も結束して退陣に追い込んだ。ここでケジメをつけたことが高市政権の誕生、衆院選の圧勝につながったのだ。

民意を無視した体制は長続きしない。いまの大石体制はその構図そのものだ。熱心な支持者だけが残り、先鋭化したイデオロギー集団へ向かう危険性がある。

政治か社会運動か

正義や理想を訴え啓蒙する――それ自体は否定されるものではない。しかしそれは政治とは別の営み、社会運動だ。政治の役割は、人々の不満や苦しみを吸収し、多数派を形成して解決へ導くことにある。

選挙で敗北したという事実は、有権者からの拒絶を意味する。そこから出発し、路線を修正し、再び選挙で勝つ。その循環こそ民主主義だ。

大石氏の最大の問題は、敗北を出発点にしていない点にある。「正義」を掲げ続けること自体が目的化し、選挙に負けても「正しいこと」を訴えたのだから仕方がないと開き直れば、政党は政治主体ではなく、運動体へと変質して衰退していくだろう。

れいわ新選組はいま岐路に立つ。政治として再出発するのか、それとも社会運動として先鋭化するのか。答えは次の選挙が示すことになる。