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立憲野党私設応援団(9)野党は「自民党憲法改正草案53条」をまずは丸呑みしては?~憲法9条変えさせないよ

<目次>

0.はじめに

1.超歴史的意味の憲法

2.近代的意味の憲法

3.現代憲法の特徴

4.日本国憲法の制定過程

5.憲法改正「二段階論」の提案

6.憲法改正第一段階「第53条改正」

7.憲法改正第二段階「大日本合州国憲法」(仮称)制定へ

0.はじめに

日本国憲法は1947(昭和22)年の5月3日に施行され、今年の5月3日で施行から75年を迎えます。そこで今日は、「そもそも憲法とは?」という位置づけ、日本国憲法が誕生した経緯、そして、今後の憲法改正について、私なりに論じていきたいと思います。

「私なりに論じる」といっても、「1.超歴史的意味の憲法」から「4.日本国憲法の制定過程」までは、私が大学時代に教養課程で「日本国憲法」の単位を履修した際の学習ノート等の内容を見返して書いたもので、文体自体がいつもの私の文体とは全く異なります。写し間違い等がなければ、ここに書いてある内容は学問的な裏付けのある内容であり、妥当な内容ばかりであると思っていただいて差し支えないものと思います。

後半の「5.憲法改正『二段階論』の提案」から「7.憲法改正第二段階『大日本合州国憲法』(仮称)へ」までの部分が、私のいつもの文体で、いつもの調子の「斬新な提案」を記したものになります。学問的な裏付けは全くありませんので、ツッコミどころ満載です(笑)

私の「二段階論」をみなさんがどのようにお考えになられるか、いろいろとご意見をいただければ幸いです。

1. 超歴史的意味の憲法

憲法とは、一国の基本法、根本法であり、一国の政府の基本構造や、政府と国民の基本関係などの国家構造の根本を定めた法規範である。この意味での憲法は、近代以前にも存在し、その国のあらゆる法のもとになる部分を定めているので、根本規範であるといえるし、最高法規ともいえる。

2.近代的意味の憲法

近代的な意味においての憲法とは、「国民主権の原理」や「自由の原理」や「権力分立の原理」といった一定の近代的な政治原理をあらわした根本規範である。国家権力が、このような近代的意味での憲法の制約を受け、憲法の定めるところに従って行われることを「立憲主義」という。

3.現代憲法の特徴

20世紀に入り、それまで個人の自由活動領域に任されていた経済的・社会的な諸過程に、国家権力が広く介入し、関与することになった。1919年に制定されたドイツの「ワイマール憲法」では、「経済生活の秩序は、すべての者に人間たるに値する生活を保障する目的をもつ正義の原則に適合しなければならない。この限界内で、個人の経済的自由は、確保されなければならない。」(151条1項)などの“社会化”条項が規定され、「社会権」が確立された。

4.日本国憲法の制定過程

日本国憲法は、1945(昭和20)年10月に起草作業が開始されてから、約1年間の審議と検討を経て、1946(昭和21)年11月3日に公布、1947(昭和22)年5月3日に施行された。

日本国憲法の制定に関しては、敗戦による明治憲法体制の崩壊を直接の契機として、連合国軍の占領下において、しかもGHQのイニシアチブのもとに制定されたという経緯がある。

また、新旧両憲法の間の法的連続性の外観を重視し、明治憲法73条の改正手続によって日本国憲法が生誕したことから、憲法改正の限界との兼ね合いで、憲法生誕の法理の説明に関して議論がある。

「8月革命説」では、ポツダム宣言を受諾した際に明治憲法の天皇主権の基礎が失われ、いわば革命があって国民主権におきかえられたと考え、日本国憲法は主権者となった国民の憲法制定権にもとづく民定憲法であり、明治憲法73条の改正手続は便宜上借用したにすぎないと捉える。

「明治憲法改正説」では、ポツダム宣言の受諾によって革命があったとみるのは正しい考え方ではなく、あくまでも日本国憲法は天皇の憲法制定権にもとづく欽定憲法であり、憲法改正に限界はなく、改正によって基本原理を変更することも可能であると捉える。


5.憲法改正「二段階論」の提案

以上の通り、「そもそも憲法とは?」という位置づけから、日本国憲法が誕生した経緯までを駆け足で見ていきました。

憲法改正の問題を考えるうえで、日本国憲法の誕生の経緯から生まれてきた議論として触れておかなければならないのが「おしつけられた憲法」論です。

「日本国憲法は、明治憲法の改正としての限界をこえており、かつ占領下において外国の圧力によって成立させられたものであるから、国際法の上からも正当性がない」とする「おしつけられた憲法」論は、保守的な考え方を持つ一群の人々の間で、今でも主張されています。

自民党が作成した冊子『ほのぼの一家の憲法改正ってなあに?』に登場する架空の人物「ほのぼの千造」のセリフに「敗戦した日本にGHQが与えた憲法のままでは、いつまで経っても日本は敗戦国なんじゃ」という言葉がありますが、これは保守的な考え方を持つ一群の人々が今も持ち続けている感情を言葉にしたものなのだろうと思います。

そうしたことをふまえたうえで、私のほうから憲法改正「二段階論」を提案させていただきたいと思います。

日本国憲法改正第一段階:2022(令和4)年~2025(令和7)年の3年間で進めることを予定し、憲法第53条のみの改正を行う。

日本国憲法改正第二段階:2025(令和7)年~2045(令和27)年の20年間で進めることを予定し、すべての条項にわたって詳細な検討を加えたうえで、改正が必要な条項に関して適切な改正を行うこととし、議論の成り行きによっては、「大日本合州国憲法」(仮称)とでも言うべき新たな憲法を創る。

1947(昭和22)年に日本国憲法が施行されて以来、現在に至るまで日本国憲法は一度も改正されることはありませんでした。

憲法改正の手続き自体は、衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成で憲法改正の発議がなされ、満18歳以上の国民による国民投票で有効投票の過半数の賛成があった場合に、国民の承認が得られたことになり、国民の名において天皇が公布するという流れになっています。

憲法は、現在および将来の国民すべてにかかわり、この国のかたちを決めることになる根本規範になりますので、ハードルとして規定された「総議員の3分の2以上の賛成」と「有効投票の過半数の賛成」のラインを越えられるかどうかというよりも、例えば「総議員の7割から8割以上の賛成」と「有効投票の8割から9割以上、かつ、有権者の総数の過半数の賛成」といったより高いラインの基準をクリアできるような圧倒的な賛成を得られる内容で進めていくことが望ましいのではないかと考えられます。

そのような「多くの人々が歓迎し納得できる憲法改正」を実現するための方策として、私は憲法改正「二段階論」を提案します。

6.憲法改正第一段階「第53条改正」

まず、日本国憲法改正の第一段階として、2022(令和4)年~2025(令和7)年の期間を目途に、憲法第53条の改正の議論を進めていくことが重要であると考えます。

現行の日本国憲法第53条と、自民党憲法改正草案第53条の条文を見比べてみましょう。

日本国憲法第53条:内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない。

自民党憲法改正草案第53条:内閣は、国会の臨時国会の召集を決定することができる。いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があったときは、要求があった日から20日以内に臨時国会が召集されなければならない。

この2つの条文を見比べてみた時、私は自民党憲法改正草案第53条の条文の方が優れていると考えます。

野党は、自民党憲法改正草案第53条の条項を丸呑みして、憲法第53条のみを改める形で、憲法改正を進めていくべきです。

憲法第53条を改正すべきであると考える理由はあります。

2003(平成15)年11月、2005(平成17)年11月、2015(平成27年)10月に、現行憲法第53条の規定に基づいて臨時国会の召集の要求が出されましたが、いずれも、次期通常国会の召集が合理的な期間内にあるからという理由で、臨時国会が召集されないままスルーされてしまう結果となってしまいました。

2017(平成29)年6月22日に出された臨時国会召集要求に対する対応はもっと悪質で、森友学園問題や加計学園問題に関する経緯の詳細な説明を求めた臨時国会召集要求を3ヵ月も店晒しにして、9月28日になってやっと国会を召集したかと思えば、冒頭で衆議院を解散して総選挙に突入するという暴挙が行われました。

2020(令和2)年7月31日に出された臨時国会召集要求に対する対応も酷く、新型コロナの感染拡大や豪雨災害への対応を求めた臨時国会召集要求を1ヵ月半も店晒しにして、自民党総裁選を行い、9月16日に国会を召集して安倍晋三内閣の総辞職と菅義偉内閣総理大臣選出を決めて9月18日に国会を閉会するという「議論封じ」が再び行われました。

現行の憲法第53条の規定のままであれば「合理的な期間」という概念を如何様にも解釈することができるので、自民党憲法改正草案第53条の規定の通り「20日以内」という客観的な数値を明記するべきです。

憲法第53条の規定を自民党憲法改正草案第53条の条項の通りに改正するなら、国会内少数派の権利を擁護することにつながりますし、「敗戦した日本にGHQが与えた憲法の条項に改正を加えて憲法改正することで、日本は敗戦国ではなくなる」として保守的な考えを持つ人々の満足を得ることもできるのではないかと思います。

次の次の参院選が行われる2025(令和7)年を目途に、憲法第53条の改正を進めていくべきであると私は考えます。

7.憲法改正第二段階「大日本合州国憲法」(仮称)制定へ

次に、日本国憲法改正の第二段階として、2025(令和7)年~2045(令和27)年の20年間で、憲法の条項の抜本的な見直しを行うことを提案したいと思います。

2045(令和27)年は太平洋戦争終結後100年、いわゆる「戦後100年」の節目の年になります。2046(令和28)年は日本国憲法公布から100年、2047(令和29)年は日本国憲法施行から100年の節目の年です。

日本の近代史を非常に大雑把な形で振り返るならば、1868(明治元)年から1945(昭和20)年までの77年間が「富国強兵」を目指した「明治レジーム」であり、1945(昭和20)年から2022(令和4)年までの77年間が「経済大国」を目指した「戦後レジーム」であると捉えることができます。

「明治レジーム」の「富国強兵」路線は、軍事力でアメリカを脅かす存在になるまで拡大したものの、最終的にはアメリカやソ連との軍事力の競争に敗れ、敗戦を迎えました。

「戦後レジーム」の「経済大国」路線は、経済力でアメリカを脅かす存在になるまで高度成長を遂げたものの、最終的にはアメリカや中国との経済力の競争に敗れ、ほどなく「敗戦」を迎えるのではないかと予感させるような経済的苦境を招くに至っています。

伊丹万作さんが1946(昭和21)年8月に書いた論文「戦争責任者の問題」には、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」という指摘があり、「『だまされていた』といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。」と書かれているのですが、戦後77年の今の状況は、ある意味、伊丹万作さんの予言通りとなってしまっています。

2045(令和27)年の戦後100年、2046(令和28)年の日本国憲法公布100年、2047(令和29)年の日本国憲法施行100年という節目の年を目途に成案を得ることを目標に、「明治レジーム」でもなく「戦後レジーム」でもない「新たなレジーム」を創ることを構想して、今から20年から25年程度の長い時間をかけて、憲法の条項を一つ一つ見直していくことを、私は提案します。

憲法の条項を一つ一つ見直していったうえで、「日本国憲法に書かれた条文は非常に優れているので、すべての条項について、今ある日本国憲法の条文を守って、未来へと進んでいこう」という結論になるなら、それはそれで素晴らしいと思いますし、「100年経てば時代も変わるので、『新しい人権』の明記や、統治機構の再編など、大幅な改正を加えるべきだ」という結論になるなら、そこからまた新たな日本の歴史を紡いでいくことができるのではないかと思います。

そこで、例によって私の大胆な提案になりますが、思い切って道州制を導入し、国号も「日本国」から「大日本合州国」(仮称)に変えてしまい、「日本国憲法」を「大日本合州国憲法」(仮称)に変えてみてはどうでしょうか。

「大日本合州国」(仮称)

○北海道州

○東北州

○関東州

○甲信越州

○東海州

○関西州

○中国州

○四国州

○九州州

○沖縄州

国内においては「くらしと人権」を、世界に向けては「環境と平和」を守ることを理念として掲げる新しい「大日本合州国」(仮称)を創ることを目指すのです。

そのためには、「だまされていたおまかせ民主主義」ではなく、「一人一人が自ら考える新しい民主主義」をこれから20年から25年の時間をかけて作り出していくことが重要です。

そうしなければ、仮に「道州制」を導入したとしても、「制度いじりをして失敗した」という今までの過ちを繰り返すだけでしょうから。

憲法9条変えさせないよ

プロ野球好きのただのオジサンが、冗談で「巨人ファーストの会」の話を「SAMEJIMA TIMES」にコメント投稿したことがきっかけで、ひょんなことから「筆者同盟」に加わることに。「憲法9条を次世代に」という一民間人の視点で、立憲野党とそれを支持するなかまたちに、叱咤激励と斬新な提案を届けます。