政治を斬る!

オーストラリアから日本を思って(40)豪州の国政選挙は、予想外の庶民のための政治の大勝利だった!その秘密は?~今滝美紀

5月3日のオーストラリアの国政選挙、2期目の政権を目指す労働党の首相アルバニージAnthony Albanese(ニックネームはアルボAlbo)の選挙区の投票場に行きました。冒頭の写真はその様子です。

以前も紹介しましたが、ポスターだけでなく、当日も選挙活動が許されていて、各候補の支持者が集まりパンフレットを配ったり、気軽に話したり、小学校保護者主催によるチャリティーのバーベキューや手作りお菓子が販売されて、投票場に行く楽しみでもあります。この時の笑い話は、最後に書こうと思います。

予想外の歴史に刻まれる選挙

オーストラリアで気づいた事の一つは、多くの人々は、オーストラリアは、アメリカ、イギリス、カナダと似たような国だと思っているかもしれませんが、実際のところ、オーストラリア人は、自分たちはそれらの国々とは、全く違うと思っていることでした。「それはアメリカ流よ」「イギリス人の上から目線の話にはうんざりだ」という言い草にふれます。

自由党(野党)の女性議員がMAGAの帽子を被りトランプ流を真似た「Great Australia Again」とはしゃぐ姿は、大きな不安と非難が広がり、「オーストラリアは、偉大な国ではないのか?」という声も上がりました。

一方で、労働党のアルバニージ首相は勝利後のスピーチで、「私たちはどこか他の国に頼んだり、借りたり、コピーしたりする必要はありません。オーストラリアの価値を大事にしたオーストラリア流の政治だ」と語り、これは多くのオーストラリア人の思いを代弁しているようでした。

また「今日、オーストラリア国民はオーストラリアの価値観、公平性、向上心、全ての人へチャンスを与えることに投票した」

「オーストラリア流だ。我々の政府は『オーストラリア流』を選択するだろう。なぜなら我々の存在と、この国で共に築き上げてきたもの全てに誇りを持っているからだ」といつになく、気持ちが高ぶったスピーチでした。

4月の世論調査によると、アメリカに防衛や安全を依存することに賛成か反対かという質問で、66%が反対でした。

今回の国政選挙(上院半数と下院)でも、他国との違いが表れていました。また、豪州の歴史に残る選挙だと言われるものになりました。

2期目は、ぼろが出たり、失望させられたり、党内闘争で首相の交代が起きたりして議席が減ることが多いので、予想では少数与党ではないか?との見方もありました。

結果はアルバニージ首相が率いる労働党の予想外の、地滑り的圧勝で、2期目に安定政権を樹立しました。

歴史的大勝利だと言われたのは、2期連続で同じ首相が勝ったのは2004年以来だったこと。そして、今回2期目に約90議席(151議席中)まで大きく伸ばしたことでした(前回はぎりぎり過半数76議席でした)。

見る見るうちにボードの青(連立野党)がドミノ倒しのように赤(労働党)に変わっていきました。これは、首相が選挙の翌日、首相が家族と一緒に支持者に感謝と当選を祝うツイートです。

なぜ、庶民への歴史的大勝利が起こったか?

オーストラリアの大政党は与党の労働党と野党連立(自由党+国民党)です。

自由党と国民党は、一緒に「連立」と呼ばれることが多く、区別がつきにくく、国民党は遠隔地と農家の多い選挙区を主戦場としています。自由党は裕福層や大企業の支持者が多いです。

労働党は、一般庶民や労働者(資本家や投資家に対しての)、少数派(先住民や病気や障がい者の方々)にも寄り添った政治を訴えます。

鮫島さんの4月の記事 “日本政治は「右・左」ではなく「上・下」で見る時代に入った”で、提案された「上下左右マトリクス」をお借りして示すと労働党と自由党の位置は、下の図のようになるでしょう。

野党の自由党は自民党に近いようですが、労働党は、ちょうど立憲とれいわ新選組の間に位置するでしょう。れいわ新選組はグリーン党に近いでしょう。

英国でも最近、労働党への政権交代が起こりましたが、公約違反の庶民への冷遇、SNS規制、移民問題で、支持率は急落し地方選挙でも負けが続いているとききます。英国の労働党は立憲に近いという印象です。

なぜ労働党の大勝利が起こった“秘密”を探りたいと思います。

秘密1:リーダー

やはり“誰がリーダーとなるのか”は、キーポイントでした。

《庶民出身》

以前にも書きましたが、アルバニージ首相は、公共住宅の母子家庭で育った庶民出身で、1996年30歳前半で国会議員に初当選しました。豪州のロック・ミュージックやラグビー好きで、ビールを飲みながら気軽に有権者と会話を交わす、親しみやすいごく一般的な豪州人の面があります。

日本の特に与党に、一般の人々の生活や気持ちがわからない世襲議員や裕福層出身が、多いことはやはり負に働いていると感じます。

《若い頃からの野望と挫折》

大学時代から労働党に所属し政治活動を行って、2007年に、圧倒的な勝利で。長期連立政権を倒し政権交代した、労働党のラッド元首相Kevin Ruddの側近として、経験を積んできました。

党内のゴタゴタで、労働党は6年続くのがやっとでした。ラッド氏が党内闘争で、首相の座を下ろされた時も「有権者が選んだリーダー」を交代してはいけないと最後まで有権者側でした。

次の写真は、アルバニージ首相が労働党のカリスマ的で人気のあったホーク元首相Bob Hawkeとの写真です。今では穏やかな外見ですが、若い頃は、気が強いことが外見に出ていて、やんちゃ坊主だったそうです。

労働党内で権力闘争といざこざが続き、下野した後、2013年と2016年にアルバニージ首相は、代表選に出馬し党員票ではトップでしたが、議員票で僅かに下回り代表になれませんでした。党員や有権者の声を無視したせいか、労働党はその後も2016年2019年と同じ代表での国政選挙で、2連敗しました。2019年の敗戦後、アルバニージ首相は、「労働党は2連敗した。党の誰にも根回ししていないが、私はまた代表に立候補する」と選挙後のスピーチは感慨深いものでした。

《調整能力と計画性》

2025年の5週間の選挙期間中、労働党は党内での政策や意見の不一致やいざこざが見られず、チームワーク良い5週間の選挙キャンペーンでした。長い経験・辛抱・野望で、磨かれたリーダーとしてチームをまとめる統率力が評価されていました。

若い財務大臣チャルマーズ氏はJim Chalmers「党の支持率が落ちていたが、アルボの素晴らしい選挙キャンペーンで、盛り返した。アルボは過小評価されていた」とABC(NHK相当)で述べました。

これはチャルマーズ財務大臣の選挙後のサンキュー・ツィートです。

《優しさ・親切さは弱さか?》

このテーマは、野党リーダーのダットン氏Peter Dattonが、よく「アルバニージ首相は弱い」と個人攻撃していたことから、クローズアップされました。

しかし、なぜ「弱いのか」納得のいく説明はありませんでした。それを何度も聞かされて、有権者も辟易としたのでしょう。

リーダー対決の討論でもこれを繰り返すダットン氏に対し、アルバニージ首相が「ピーターは私を攻撃できます。しかし、私が彼に何をさせないのか、はっきりさせておきます。労働者の賃金を攻撃させません。保育料の引き下げのために私たちの改革を攻撃させません。人々が人生でチャンスを得られるよう、無料のTAFE(専門学校)を放棄させません。経済運営に関するナンセンスな発言を許しません」と語気を強めて反撃した場面が話題となり、2倍の支持で討論にも勝ちました。

選挙後のスピーチでは、「オーストラリアの価値観」や「優しさ」といった言葉に溢れ、「オーストラリア人は楽観主義と決意を選んだ」と述べ、選挙戦を通じ人々は彼の意図をくみ取っていたようです。

今回は、豪州人に「優しさ」「親切さ」「強さ」とは何かを考えさせられる選挙にもなりました。外相のウオンPenny Wongはインタビューで「首相は真の強さとは何かを示す人物。勇気と慈悲の人。私たちが何者であるかという確信を持ったリーダーです」と語りました。

野党党首のダットン氏は、なんと落選しました。豪州歴史上初めてのことでした。

快挙を上げ当選したのは、交通事故で左足を切断し、夫に続き去年20歳の長男も癌で失った、シングルマザーのフランスAli Franceさんでした。2018年からの3回目の挑戦でした。「ダットン氏は有名で、お金持ちで、地位もあるから『絶対に勝つのは無理だ』と言われたけれど、亡くなった息子は、『絶対に勝てる、ガンバって』と病床で励ましてくれたことが励みになった」という、この選挙を象徴するような物語でした。

以下はフランスさんの選挙後のサンキュー・ツイートです。

《信頼》

前述したように、有権者が選んだ労働党の首相・リーダーを党内闘争で失脚させた後、労働党は約十年間アルバニージ首相が政権交代するまで、支持率は低迷し、勝つことができませんでした。

アルバニージ首相は、1期目を経て、不信を抱いて背を向けていた人々が、こちらを向いてくれるようになったことで「信頼が回復したのだろう。私は人と信頼関係を築ける人だと」アピールしました。この2期目に信頼が高まる政治になるかに関心が集まります。

《メディア対応》

野党の代表ダットン氏は討論を断わり、選挙期間中の毎日のメディア会見で、ジャーナリストから「難しい質問をスキップばかりして、首相になれるのですか」という質問を受けるほどの対応でした。

一方で、アルバニージ首相は、3・4か月に1度は1時間以上の記者会見を開き、日ごろのメディア会見も、意地悪な質問にも丁寧に穏やかに接し、時にジョークやユーモアを交えたオーストラリア人らしいやり取りもあり「健康で健全なメディア対応」も評価されました。

これを受けて、破れた野党議員は「メディア対応の非常に優れたスキル能力が求められる。メッセージを売り込み・物語をまとめ上げ・チームをまとめる力が必要だ」と指摘していました。

日本でもメディアの報道の自由度が上がり、政治や社会の事を“広く・深く・頻繁”に伝え、直接の生インタビューが増えれば、リーダーや候補者の姿も明らかになり、政治は大きく変わるはずだと痛感します。

秘密2:庶民に優しい政策

アルバニージ首相は、庶民・怪我や病気・障がい者にも優しい、少数派にも気を配る政策を訴えますが、1期目では、期待していたが思い切った政策・行動は無かった、という声も上がりました。私もそう思った一人です。

しかし、アルバニージ首相の1期目で分かったことは、現行の民主主義の選挙で勝つためには、急激な特定のグループのための政策は大多数から受け入れられない、妥協して、広く受け入れられる穏健的な政策にしたのだろう、ということです。

それでも、政策は未来志向で、生活の助けとなる、庶民・弱者を中心にしたものが、裕福層からも賛同を得たようでした。主なものを下に上げます。

●最低賃金のさらなる上昇(低所得者への救済)

●所得税の減税(全ての層に恒久的。約200万以下は所得税無しですが、約200万か~500万弱層は、約15%になるそうです。日本の103万の壁と約50%の税金+保険料に比べると、豪州は低・中間所得層に親切な税制だと感じます。)

●無料の医師・医療と緊急医療の増加

●保育料の引き下げ

●公立の職業専門学校の無料化

●大学生の借金(授業料)20%値引き 

●全ての公立学校への政府援助

野党は、これに反対ばかりで、納得させられる政策はないまま、誹謗中傷のような非難に終始する姿に有権者は背を向けたようです。   

おまけに豪州では、原子力発電は、「危険だ。怖い。コストが莫大だ」という反対の声が大きく、その科学的検証が出ているにも関わらず、原発を他の国もしている、CO2現象のためだと強硬推進もマイナスに働いたようです。

有権者からは次のような声がインタビューであがっていました。

「庶民・労働者階級に労働党の方が思いやりがあると感じる。年金受給者や障がい者への保障の強化を期待します。アルボ(首相)は逆境にあっても勇気を示し、困っている人々に親切を示してほしい」

「労働党の家族に優しい政策に投票しました。これは私たちが普段投票する方法ではありませんが、今回は新生児が生まれたので、異なる政策を検討する必要があると考え、労働党を選びました」

「保育サービスを受けられるほか、妻も私も大学の学費債務を抱えているので、これも良かったです」

「若い夫婦の大きな夢は、すぐに住宅市場に参入することだから助かります」

庶民や労働者のための穏健な改革を訴えながら、裕福層や投資家への大きく不利な政策は入れない。1期目は前政権から引き継いだ、大赤字を黒字に変え、インフレと失業率、金利の低下も評価されました。

これから

個人的に私は、庶民的なアルバニージ首相が好きです。それでも既成の政治システムの中で、外国・党内・大企業等とのやり取りで、政権を維持するために、現状では妥協が必要なのだろう、ということが見えました。

労働党の元議員のカメロンさんのツイートに目が留まりました。

「これで労働党左派は、議員内で最大のグループとなるでしょう」

「これは、伝統的な優先と新たな優先に焦点を当てるチャンスだ」

「軍国主義ではなく平和・公平性・進歩的・公正な課税・社会福祉の拡充・住宅・国家主権、そして誰一人取り残さないことです」

2期目、そして3期目のやり取り、具体的な政策はどうなっていくのか、多くの人々が興味をもつところです。

そのためにも、地域の声を大切にし、2大政党の監視役となる、独立系(無所属)議員や庶民や少数派をより大切にする、小さなグリーン党の存在は、より重要になると思いました。

まだ、全ての結果は出ていませんが、2大政党以外の支持率は伸び、グリーン党は上院で、今までで最多の票を獲得し、独立議員の健闘も目立ちます。

グリーン党など小さな政党も全選挙区に候補を立てるのが恒例です。どこに住んでいても、グリーン党支持者は、投票できます。これは供託金が低く、選挙区で推薦者が数百人いれば、誰でも立候補できる制度のおかげです。    

日本の数百万円もする高い供託金制度は、不公平で民主主義を妨げているようなので、ぜひ改善して欲しいところです。

終わりに

豪州で選挙投票日といえば「デモクラシー・ソーセージ」です。

普段は「ソーセージ・シズル」と呼ばれます。シズルSizzleは「ジュージュ―焼ける音」「とても熱い」という意味です。日本では、ホット・ドックが近いですが、ソーセージは生肉に、ハーブ、ニンニク、コショウ、ワインなどを混ぜた色々な種類があります。

投票場は、ジュージューという音とBBQの臭いで、美味しそうな空気が漂います。今回のデモクラシー・ソーセージは、外は堅めで、中はふんわりのフランスパンに、熱々のソーセージとざく切りであめ色の玉ねぎが添えられ、一層美味しそうでした。

「写真を撮っていいですか」と尋ねると「オーストラリアを代表するデモクラシー・ソーセージに見えるかしら」と心配顔での返答が…。

ソーセージを待つ人が「じゃあ。ケチャップを掛けるとゴージャスになるよ!」と豪快にソースをかけて、投票場に笑いが起きました。下はその時の写真です。


今滝 美紀(Miki Imataki) オーストラリア在住。 シドニー大学教育学修士、シドニー工科大学外国語教授過程終了。中学校保健体育教員、小学校教員、日本語教師等を経て早期退職。ジェネレーションX. 誰もがもっと楽しく生きやすい社会になるはず。オーストラリアから政治やあれこれを雑多にお届けします。写真は、ホームステイ先のグレート オーストラリアン湾の沖合で釣りをした思い出です。