(前回の話)アイスランド一周の旅は、いくつか嬉しいサプライズがあった。今回ご紹介する夏限定のF946号線もそのひとつ。何の予備知識もなく訪れたその道は、緑あふれる渓谷が目に鮮やかで美しく、また同時に路幅や傾斜にギリギリ・スレスレ感のあるスリリングなものだった。
レイキャビクの自宅を出て一週間。エイイルスタディル一泊後の朝も、ホテルでたっぷりと腹ごしらえをして始まった。
うわ、美味しそうな写真!朝昼兼用とはいえ、朝はあまり食欲がなく量を食べられない私が、よくぞこれだけ食べたという感じ。
この日は珍しくスケジュールが以前から決まっていた。午前中にヴーク・バス(Vök Baths)へ行き、午後からはボルガフョルヅル・エイストリ(Borgarfjörður eystri)へ。
高級温泉施設のオープンが相次いでいるアイスランド。ここ数年でいくつか特筆すべき施設が数件北東部に現れた。それがヴーク・バスとジオ・シー(Geo Sea)だ。後者は以前行ったので、今回はヴーク・バスの番。
ブーク・バスは東部アイスランドの中心地エイイルスタディルから6キロ離れた、ウリダヴァトン(Urriðavatn)という湖にある。この湖には冬になっても凍らない一角があり、魔物が住んでいることになっていた。で、調べてみると、天然温泉が沸いていた。
ヴークの温泉施設はその湖に迫り出すように作られている。夏の比較的暖かい時期は、温泉から出て気軽に湖で泳ぐこともできる。実際、私たちが行った時は子供たちがキャッキャと叫び声をあげながら、次々と湖に飛び込んでいった(本当は飛び込み禁止)。
温泉はいくつにも区切られているし、広々としていて実に開放的だ。湯加減もちょうどいい。少しの間、ボーっとして温泉に浸かっていたが、子供たちの楽しそうな声につられて、私も湖へ出てみることにした。
「つ、冷たッ!」
湖は入った瞬間は、さすがにひやっとして身が縮んだ。けれど慣れれば実に快適な冷たさで、温泉で身体が火照り気味になっていたのか、ずっと湖に浸かっていたかった。
ヴーク・バスで遊んだ後は、予定通りボルガフョルヅル・エイストリへ。
ボルガフョルヅル・エイストリは周囲を山脈に囲まれた美しいフィヨルドで、人間が100名と妖精のようなさまざまな存在が1000名ほど住んでいると言われる。前回訪れた時、アート・コミュニティの活動が盛んで、辺鄙な東の小さな村落でも文化的に頑張ってる印象を受けた。
ここはパフィン(ニシツノメドリ)を間近に見られる場所でもあり、外国人観光客にとても人気がある。けれど、私たちの今回の目的は別の鳥だった。
それはアイスランドが誇る世界最高峰のアイダーダック!
え〜、アイダーの鴨って何が最高峰なんだぁ?!食べたら美味いんかぁ?
うふふ、その答えは次回にでも。たぶん知ってる人は知っていて、知らない人は知らないよねーーって当たり前!
当初の予定はボルガフョルヅル・エイストリに寄ることだけだった。けれど、関係者からお誘いをいただいたこともあり、時間もあることなので、予定外にロヅムンダルフョルヅル(Loðmundarfirðingar)まで足を運ぶことにした。
ロヅムンダルフョルヅルは、ボルガフョルヅル・エイストリからF946号線を使う。ピンクで印をしたところが大よその位置。正確なルートはこちら。 F946号線は全長30キロ弱。山に阻まれて行き止まりになる。道案内を見ると所要時間が60分と出てくるので、いかにスピードが出せない道であるかが理解できるかと思う。
これがスリルを伴う絶景ドライブだった。一本道なので迷う心配はないとはいえ、関係者の先導があって本当によかった。前に車がいるからこそ、「この道路は車で通れる」という証に見えたし、悪路で難しいところは「なるほど、そういう風に運転すればいいのか」と参考にもなった。
この日は天気が良く、周囲の渓谷と青空のコントラストが見事だった。けれど景色どころではなく、道幅が狭く、急勾配やヘアピンカーブが連続して、気持ちがギリギリになる場所が多かった。座っているだけの私でもヒヤヒヤしたので、運転をしてた彼はーー沈着冷静、とにかく安全確実を心がけたという。エライ!
そんなこんなは動画の方がよくわかるので、今回もドライブをお裾分け。F道に入って間もなくの、以下の動画あたりまでは、周囲の山を見ながら「美しいねぇ。帰路はここら辺で車を止めて、写真を撮ろう」などとまだ会話ができていた。
それが、谷間をクネクネと通り抜け、山を超えるにつれ、運転手の彼は「道路を外すわけにいかないから」と無口に。
一台がギリギリ通れるこんな道、どう見ても二台すれ違うことは不可能。その上、こういう場所では街中を泳ぐ小判鮫のような小さな車は少なく、どっしりとガタイのいい四駆車が多いから、寄せる幅も大きくなる。とりあえず対向車が来ないことを祈るしかない。
それでも対向車に出くわすと、どちらも譲らず、二台とも不動で相手の出方を見るようなことがあった。どちらかが安全な場所まで車を動かすしかないし、急斜面では誰もバックしたくはない。まして海側に車は寄せたくない。だって海へ落ちるじゃん!
ということで、急降下地場面の動画をどうぞ。そうそう、フロントガラスのボツボツとした汚れは、虫が車にぶつかってきた残骸で、すぐにワイパーをかけても、なかなか手強いんだなぁこれが。
私は花が大好きだ。脳みその中まで花を敷き詰めておきたい。普段の私は色とりどりの可愛らしい花を見かけると、「車止めて!」と外に飛び出す。けれど、今回は先導車を待たせる訳にいかないので、車中からの写真しかないのが残念。
コットンフラワーの白、ソーレイの黄色、名前を知らないピンクの花と、緑のグラデーション。一年の半分が墨絵のような土地に暮らしていると、日本では気にもとめなかった野山の色彩が、とても眩しく愛おしい。だからこの光景を心の中に刻んで、半年分を抱きしめておきたいのだ。
往路と復路では目の前に広がる山々の表情も異なる。こうして短い動画で見てもスリリングだ〜。
「まるでゲームセンターのドライブ・マシンみたいに、次々とシーンが変わるし、ブレーキを踏んだままだったり、ハンドルを思い切り切ったりと、思い返せばゲームのようにスリリングで楽しかった」
おいおい、ゲームとかヴァーチャルじゃなくて現実なんだから、ゲーム感覚はやめてくれ!という感じで、今でも時々話題に出てくる。それほど印象の強い道だった。
アスキャの次にこの道路を走れてよかった。彼も新しい車の運転に随分と慣れることができた。F道はどこも個性的で、あそこもここも走りたい。アイスランド全土のF道の景色を堪能したい。時間はかかるけど、きっと実現するし、実現させる!
そしてF946号線のワイルドなドライブの末にやってきたのがこのロヅムンダルフョルヅル。ん?時系列が入れ替わってる?!気にしない、気にしない(笑) (次回に続く)
小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら。