(前回の話)アイスランド一周の終盤は、気分は若者でも肉体年齢が熟年であるために、ここにきて圧倒的なペースダウン。次の宿泊地エスキフョルヅル(Eskifjorður)は毎年恒例の友人宅泊であるため、少しのんびりできる予定。
私から見ればとても小さな集落なので、「小さい街」と書こうとしてウィキペディアで調べたところ「人口1043人で、フィヤルザビッグズ市で最も人口の多い町の1つです」と書いてある。ごめん、私の基準が間違ってた。人口1000人以上は、アイスランドでは小さいとは確かに言えない。レイキャビクに次ぐ第二の都市アクレイリが2万人弱。日本で言えばアクレイリが横浜市だ。人口比で計算すると、どうやら三鷹市程度らしい。マジか?!
意味のない比較は放置することにして、こういったフィヨルドの街の周囲には必ず山がある。いくらでもある。山の数は有限だとはいえ、無限にあるように思えるほど山に囲まれている。
「(彼の友人)ビッギの家に居る間、彼と僕は山へハイキングに行くから、ユーカは家でのんびりしてればいいよ」
やった!少しでも独りになれる時間があると嬉しい!
彼が夏休みに入ると5週間毎日ずっと付き合うことになる。まして旅行中はずっといっしょ。私はひとりっ子で、独りでいることは慣れすぎているため、ひとりの時間がないと苦痛でイライラしてくる。そんな私の性格を知って、彼は「ひとりでボケっとする時間を作ってあげるね〜」と言ったのだ。ありがたい。
去年、ふたりが登ったのはホゥルマティンドゥル(Hólmatindur)という標高約1000メートル弱の山。往復5-6時間を見積もっていたところ、道に迷ってタイムオーバーし、その上スマホの電源も切れて連絡が取れず。夜8時の夕食予定が、9時、10時と音沙汰のないままで、随分と心配した覚えがある。
アイスランドはハイキング大国。ハイキングコースを紹介する本はごまんとある。少なくとも一家に一冊はあるだろう。我が家にも数冊ある。全部アイスランド語なので私は読めない。難易度は色分けしてあったり、数値で表されているので、その程度はわかる。
今年はもう少し高い山に挑戦したいと彼は言っていた。どこの山なのかいちいち名前は覚えていないが。どこの山へ行くかを具体的に相談し始めると、ビッギが「今年はまだハイキングに出てなくて、脚慣らしがしたいから、ハードルが低い方がいい」という。
ハイキング本のあるページを指して、「ここは標高千メートルだけど、スキーリゾートのリフトがある標高600メートルのところまで車で行くことができる。残るは400メートルだ。ファミリー向けだとも書いてある。これなら労少なくして功多しじゃないか!」
「なるほど、そこならユーカも行けそうだね」と彼。
「いえ、私は結構です。家でまったりのんびりしたい」
ハイキングは天候に左右される。誰も天気の悪い日にハイキングなどしたくない。なので、23時に友人宅に到着し、明日ハイキングをするという。その後の数日は、天気予報では雨降りの予報だからだ。
「でもさぁ、片道1-1.5キロで、ファミリー・フレンドリーって書いてあるよ」
「やーだ、行かない。約束違いじゃん。私ひとりでまったり家に居ていいって言ったのに」
「でもさぁ、千メートルの山の頂上に400メートル登るだけで行けるんだよ。こんなおいしい物件は滅多にないよ」
「やーだ、行かない」
「最初に火山見た時は20キロ以上歩いたんだよ。アスキャの地獄湖だって往復5キロ。片道1-1.5キロなんて軽いだろう」
と、何度も口説かれる。男ふたりで行けばいいじゃん。じゃん。私、疲れてるんだし。
それでも、1キロ強ならいいかと思った。なにせ火事場、じゃなくて火山見学を10回以上してきた。火山見学では標高差400メートルを毎回登る。単純往復で7キロ。その上にあちこち移動するから、毎回10キロ近く歩くことになる。それを考えると、確かに標高差400メートルを1-1.5キロであれば、疲れているとはいえ歩けない距離ではない。父譲りで健脚だ。
私を誘い出したくて、彼が誇張して距離を少なく話している場合もあるため(あるある!)、確認のため本を見せてもらった。
そこはスヴァルタフャットル(Svartafjall)という名前の山で、難易度は5段階中の2。なるほど子供から年寄りまでのファミリー向けらしい。本当に片道1-1.5キロとも書いてある。片道の所要時間1時間半。
しゃーない。その程度なら付き合うか。標高千メートルのうち600メートル分お得というのも、半額シールのついた惣菜を見ると買わずにいられない主婦魂に火をつける。え、違う?同じお買い得感を感じたんだけどなぁ。
午前中はダラダラゴロゴロ寝ててオッケーということを条件に、行くことにした。押されると堕ちるダメさ加減をこんなところで知るとは。これまた違う?(笑)
現地到着後にまず嫌な予感。雪!雪!予感というより、単純にアホだ。雪は周囲を見渡せばわかる。推して知るべしどころではなく、見りゃわかるだろう。トホホ。
そして男性二人がスタスタと、雪解け水が流れて川のようになっている旧道らしきところを歩き始めた。少なくとも道路を歩いているので楽。でも水が靴の中に入ってきて閉口。
15分も歩いたところで到着したのがここ。ここから登るのか?
「ここじゃないな」
「違うね」
二人の表情が固い。困ったような、アチャーというような、情けなさの入り混じった雰囲気を漂わせりている。
「本を見てみれば?」と私。
「忘れた。持ってこなかった」
え〜〜???!!!
山登り(ハイキング)をする人なら写真を見て理解すると思うが、ここから頂上へは登れない。岩のところが無理。ん?え?え?今までぬかるんだ道をルートも分からず当てずっぽで歩いてた?!
「アッフォ〜。2年続けてルートを外れて歩く君たちは、なんと学ばないのだろう」とは口に出せないので、心の中で大いに叫ぶと、本人から異口同音に、
「2年続けて同じ過ちを犯すとは情けない。それでも、去年のように3時間も大回りをした訳じゃないからまだいい」
まだいいと言われても・・・。
左がダメなら右へ行ってみようという、ひどく単純な法則で男たちは今来たぬかるみを戻り始めた。
「本当にこの道で大丈夫なの?」
「たぶん」
「家に帰って本をとってきた方がいいんじゃないの?」
「時間の無駄だろう」
乗ってしまった船なので、とぼとぼと私もついていく。駐車場の場所は間違っていないので、右がダメなら左へ行くのは、一応は筋が通っている。
少しばかり話を早送りすれば、ハイキングルートは程なく見つかり、前半の標高差200メートル分は雪に阻まれることなく進んだ。ただし結構な傾斜角度のある斜面で、どう考えてもファミリー・フレンドリーではない。滑りそうな場所は多々あるし、この傾斜は辛い。
それでも私はどうやら登りが得意らしく、息切れはするものの割合とサクサクと登った。
そしてやっぱり後半は雪の中を歩くことに。まったくぅ、も〜〜!!
そして歩くこと約3時間。やっとやっと、や〜っと頂上に到着できた。
さすが標高1000メートル。隣の湾や周囲の山脈が一望に見渡せる。
「気持ちいい〜!」
「爽快な気分だろう。これを味わいに来たんだ。来てよかったね」と彼。
ま、よかったことはよかったし、歩けたけどさぁ、3時間もかかるなら来なかったな。と、少しだけ心の中でブーたれた。けど、気持ちいいんだよね、山頂って!(次回の話)
小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら。