掃除、洗濯、ご飯炊き。映画『〈主婦〉の学校』は、アイスランドに実在する、生活の知恵を教える学校のドキュメンタリー。それっていわゆる花嫁修行?!うわ、アイスランドって時代遅れ!
ーーーではない。まずは予告編をごらんあれ。
なんか楽しそうでしょ!
世界経済フォーラムの調査による男女格差指数(男女平等指数)では、アイスランドは12年間世界ナンバーワン。日本は120位だ。政治経済の分野に関わる女性の進出が、極端に少なくて難しいのが日本。それが日本の順位をひどく引き下げている要因ではあるけれど、女性を取り巻く空気の違いは歴然と感じる。日本とアイスランドでは、女性の地位や扱いが全く違う。これは実感として、体験として断言できる。
家庭で家事をしない男性がアイスランドで生きていけるのか?と思うほど、男性の家事や子育て参加はごく当たり前のこと。国会議員の半数は女性だし、多数の女性が会社の重要なポストにもついているーーーとわざわざ言及する意味が理解できないほど、男女ともに、ごく普通に家事も、子育てもする。
だって誰もが生活者なんだもの、掃除も洗濯も必要だし、ご飯だって誰かが作らないと食べられないっしょ?
そんな女性進出先進国に、(いまさら?)家事全般を教える家政学校が全国に数校ある。今回私は、映画の舞台となったレイキャビク市内にある学校を見学してきた。とても魅力的なところだったので、サメタイの読者のみなさまにお裾分け。
映画のタイトルはアイスランド語で『Húsmæðraskólinn=(mother of the houseの意味)』。この場合の「母・マザー」という響きは、「母なる大地」に近いニュアンスで、日本語の「主婦」の響きは薄いと私は思う。
学校の正式名称は「Hússtjórnarskólinn(家政学校の意)」で、 設立は1942年。アイスランドが共和国として独立する2年前の、まだデンマーク領に甘んじていたの時のことだった。当時は女性が家庭を運営するのに必要な家事、ひいては家政婦として働けるようにという志向が強く、全寮制で非常に厳しい規律があったという。
この素敵なお屋敷。私も外から見たことがあり、内部はどーなってるのかな〜、と思っていた。アイスランド人も同じで、この映画を監督したステファニアさんも「近所に住んでいた時、前を通るたびに、どんな学校なのかなと思っていた」そうだ。
映画を見たアイスランド人の感想も、「初めて学校の内部の様子がわかってよかった」というものが多く、現代のレイキャビクっ子には都市伝説のような、ミステリーな場所になっていたようだ。
心を動かされたのは、子供服の作品を見た時だった。ふっくらとした、いかにも手縫いスカートのギャザーを見て、私は母のことを思い出した。
母は裁縫も編み物も得意な人で、幼い頃の服は全て母の手縫いだった。私は既成服に憧れたが、ふわりとしたスカートを背中側のリボンでキュキュッと縛る母の手作り服は、なんとも可愛らしかった。当時は既成服が高かったので、すぐに大きくなってしまう子供には手作りの服が与えられた。今思えば、手作りの服とは、なんと贅沢なことだったか。
裁縫、機織り、編み物、料理、家事一般。この学校では忙しい現代社会から切り捨てられた、かつて日常であった作業を、基本からしっかりと学ぶことができる。自分のことは自分でやれるようになろう。生活の基礎ができず、何ができよう?
なぜこの時代に家事を学ぶのか?もちろんその答えはひとりひとり異なる。その辺は映画をご覧いただいた方がいいだろう。ちなみに入学希望者は20歳前後の若者がほとんどで、男女共学だ。
過去にこの学校で学んだ男性の中には、2021年9月現在環境・自然資源大臣のグヅムンドゥル・インギ・グヅブランドソン(Guðmundur Ingi Guðbrandsson)氏がいる。彼はアイスランド大学卒業後、イエール大学で環境管理の修士を取得している。それほどの学歴を持つ人が、なぜあえてこの学校を選んだのか?
家政学校初の男性生徒は、現代アート界で高い評価を受けるラグナル・キャルタンソン(Ragnar Kjartansson)氏だった。そしてラッキ(ラグナルの愛称)は私の知り合いでもある。2004年、初めて日本に招聘したバンド、トラバント(Trabant)のメイン・ヴォーカリストで、10年以上も前のことだが、私がレイキャビク滞在中に彼の手料理を振る舞ってもらったこともある。
私が「へ〜、自分で料理するんだ?」と言ったとき、「主婦の学校の卒業生だからね」と返されて、面を食らったことを覚えている。
ラッキは冗談好きで、とても明るく茶目っけのある人だ。「まったぁ、冗談でしょう」という私のリアクションに、彼は真顔で「冗談なんかじゃないよ。本当にそういう学校がある。家事を学ぶのは有益だ。ものすごくいい学校だよ!」と。
いやぁ、実はこの映画のことを知るまで、私はずっとその言葉を冗談だと思ってた。うー、ごめんね、ラッキ。MOMAやグゲンハイムで大きくフィーチュアされる彼の活躍にも驚かされるけど、この映画に彼が登場した時、「ブえ”@@〜マジ?!!!あの時の話、本当だったんだぁぁぁ〜」と、脳ミソが宇宙に送り込まれるほど驚いた。
ちなみにこの映画の音楽は、映画『たちあがる女』(2018年)の音楽制作で非常に高い評価を得たFLIS(フリス)が担当。『主婦の学校』では、スタジオ入りしたグループが映画を見ながら即興で音楽をつけていったという。そしてラッキ登場の直後に流れてくるのは、ロック・ヴォーカリスト時代に彼がヒットさせた曲のカバー「Nasty Boy」だ。ヴォーカリスト時代の彼を見たい方はこちらをどうぞ。びっくりするよ〜(笑)。
(それから、それから、映画『たちあがる女』は私がエキストラで出演しているので、どこに出てくるか探してね!)
学校に関しては映画をご覧いただくとして、私は訪問の後、経済的に少しでも余裕ができたら、通ってみたいと強く思った。芸術学校に通うほどの熱意もないけれど、カリキュラムとしてしっかりと学びたい時には、ぴったりだと思う。
例えば私は編み物が好きで、毛糸の糸紡ぎをしようと簡単な道具だけは揃えてある。けれど、教本を購入して動画を見ただけではなかなかコツが掴めない。織物にも興味がある。少し本腰を入れて学びたいし、いっしょに話ができる友達もできれば更にうれしい。そんな興味や好奇心を満たすには、最高の場所だと思えた。
そんなこんなの感想も含めて、映画上映後のスペシャル・トーク・イベントに私はアイスランドから参加します。もう少し詳しい話や、ここには書かなかった学校の秘話を知りたい方は、ぜひ映画館に足を運んでくださいね。
[イベント告知] 2021年10月24日(日)アイスランド「女性の休日」記念!現地からの秘蔵トーク(収録)を1回目の上映後に行います。時間等詳細はシアター・イメージフォーラムHP、『〈主婦〉の学校』SNSにてお知らせします。小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら。