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こちらアイスランド(19)えっ?妻の誕生日に会社を休む!? 10年に一度の大誕生日会〜小倉悠加

最初の回で、私が50代後半でアイスランドに拠点を移したことは書いた。読者の中にはきっと、それでこの筆者は現在いったいいくつなのか?と思った人もいたかもれしれない。

50代後半といえば老後を考える世代だ。そんな時に、単身で日本を飛び出すものなのか?

正直なところ、未だ老後のことはあまり考えていない。現在の生活が新しすぎて、考える余裕がないと言った方が正確か。

熟年になって思うのは、死ぬ前に「動けるうちにあれをしておけばよかった」と後悔したり、嘆くことのないよう、ということ。まして子供に「あなたのせいで私はこんな生き方しかできなかった」と、自分の人生の責任を押し付けることは絶対にしたくない。だから、自分の息子や80代後半の両親に気軽に会いに行ける距離にいたかったけれど、その思いは振り切ることにした。

そんな私は今年5月に、61歳の誕生日を迎えた。ということは去年60歳。10年区切りの、自分でもドキリとする大台に突入だ。

アイスランドでは10年区切りの誕生日会を大々的に行う。それも周囲や家族がお膳立てをしてくれるのではなく、自分で企画し、費用を工面し、ゲストをもてなす必要がある。これは大プロジェクトで、誕生日会のために借金をしたり、貯金をする人もいる。日本の結婚式並みの計画性が必要な行事だ。・・・私はそういう派手な物事が苦手なので、披露宴はごく身内のみの食事会。式は二人だけで海外で挙げたけれど。

10年区切りの誕生日会は個性的だ。教会の集会場に幼馴染や家族を集めて、おしゃべりだけを楽しむ会、公民館を会場に500名を集め、歌あり、話あり、動画あり、抽選会ありの、盛りだくさんの大パーティ。音楽好きの知り合いは、ライブ会場とバンドを手配し、気に入ったバンドと共演しながら音楽とビールで大いに盛り上がった。自宅の庭が広ければ、そこにテントを設え、プロのケータリングやイベント・コーディネーターを活用して、社会的ステータスを印象づけることもできる。いやはや、本当に大変。

邸宅全体を使い、政財界から幼馴染まで知り合いをもてなす誕生日会

それぞれにプレゼントは持ち寄るが、ご祝儀を包む習慣はない。気を利かせてショッピングモールのギフト券を贈る人もいるかもしれないが、全員がギフト券という訳にもいかない。相手の趣味を知っていれば、それなりの物を選ぶことができるが、わからない場合は、保存期間の長い食品やワイン等の飲料を持っていくことが多い。

去年30歳の誕生日を予定していた甥は、会場を借りてのパーティを予定はしていたが、コロナで集会ができなくなった。何度か延期したものの、先が見えないために中止。「コロナで仕事もなかったから、支払いが厳しかった。中止にして実はホッとしている。10年後も生きてると思うから、40歳の時に30歳の分まで大々的にやるよ」と。

一方、そのように大袈裟に会を催すことをよしとしない向きも一定数は存在する。ある知人は海外での仕事中に誕生日が来るよう意図的にスケジュールを調整をして、自分の意思に沿わない誕生会を回避していた。

アイスランド人の10年区切りの誕生日は、悲喜こもごもだ。

2021年の誕生日のドライブ中に現れた虹。彼は虹を天気に特注していたという(笑)

そんな訳で60歳になる去年、誕生日をどうしようかと気をもんでいた。アイスランドに引っ越してから年数が浅いとはいえ、この国との付き合いは15年以上になる。各界の知り合いは少なくない。今年ばかりは何もしないという訳にはいかないか、と思っていたところにやってきたコロナ。集会は10名まで、必要以外の集会は自粛をという当局からのお達し。これで大手を振って特に何もせずに済んだ。

去年の誕生日は天気にも恵まれ、彼は私を「ミステリー・ツアー」に連れ出した。行き先は、私が正解を出すまで明かしてはいけないというルール。教えられたのは「二泊三日、国内だからそのつもりで着替えを詰めるよう。水着は必須」ということだけ。

そして行き着いた先は、2008年に偶然に宿泊して以来、ずっと泊まりたいと思ってきた牧場ホテル。このホテルの前を通るたびに、私は彼に、なぜこのホテルを知ることになったかの話を毎回していた。その裏話はここにある

動物に囲まれ、実に屈託なく楽しい滞在だった。生後間もない子羊が嬉しそうに飛び跳ねながら、ホットポット(小さな温水プール)に浸かる私たちに寄ってきたことを、今でも嬉しく思い出す。羊はsheepish(恥ずかしがり)という言葉からもわかるように、人間に慣れず近寄ると、遠ざかっていくことが多い。スタッフの話によれば、生まれて最初の数週間だけ、怖いもの知らずで人間に興味を示して寄ってくるという。

好奇心旺盛な羊の子供

今年は郊外のイオン・アドベンチャーという瀟洒なホテルに二泊し、評判のいいシェフの夕食をいただいた。このホテル、私は以前に泊まったことがあり、彼が泊まってみたかったらしい。レイキャビクから1時間強の距離で、何度も訪れている地域ではあるけれど、ゆっくりするのも悪くなかった。

誕生日に関しては日本式に(?)、誕生日ケーキの一つもあれば大いにうれしいけれど、アイスランド人の彼はそうはいかないらしく、朝から枕元にスペシャル・ドリンクが運ばれてきたりで、至れりつくせりだ。日本では信じられないが、彼は私の誕生日は会社を休む!

最初それを知った時、仰天した。どこまでも日本人感覚の私は、誕生日くらいで会社休むなよ!と言ってしまいそうになる。けれど、そんなことを口にしたなら、「僕が最高に愛する妻の大切な記念日に、会社なんか行けるかよ〜」と返される。ちゅーか、初年度にそう言われた。なので、それ以降は尋ねていない。

自分が主役になる行事はどこまでも慣れない。楽しむべきだし、楽しみたいのに、素直に受け取れない自分が歯痒い。熟年どころか老年の入口で海外に来た日本人なので、褒められたり、祝われたりすると、落ち着かない。それが自己否定なのか、自意識過剰の裏返しなのか、実はよくわからない。

もちろん彼の気持ちはとても嬉しい。恥ずかしいとか、私なんて・・・という気持ちから脱出して、早く素直に楽しく過ごせるようになれるといいな。

小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。