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こちらアイスランド(6)空が広くて静かで文化的で…。そんな贅沢な場所がこの世にあった!〜小倉悠加

レコード会社退社以来、ずっとフリーランスで音楽の仕事に関わってきた。会社員時代は制作に携わり、その後の活動をとおして、レコードやCDを制作する一連の流れは把握していた。契約に関しては素人とはいえ、契約と制作は隣同士のような関係でもある。独自レーベルの設立時は、付け焼き刃の知識で乗り切ることができた。

2004年、必要に迫られて有限会社会社を設立するまで、名刺には私の名前だけが記されていた。80年代の初頭、男女雇用機会均等法前に、競争率の高いレコード会社に新卒で就職ができたのは、本当にラッキーだった。その身分を手放すのは惜しかったが、身体を壊したため、選択がなかった。後にわかったのは、それはパニック障害というものだった。

短い会社員生活ではあったが、名刺を出すと「○○レコード会社の人ね。ご苦労さま」とか、「○○レコード会社の小倉さんね」と言われることがよくあった。会社の、社会の一員として認められたようで、うれしかった。会社を辞め、名刺を作った。自分の名前が真ん中に大きく書かれていた。周囲のどこを見ても、私を守る鎧はない。裸でたちすくんでいる無防備な姿に、唖然とした。会社という家を失い、街頭に、ひとりで立っている。道ゆく人々はみな服を着ているのに、私だけが裸だ。怖くて、心細くて、泣いてしまった。20代半ばだった。

そんな私でも年月を重ねて生きれば、それなりの度胸はつく。結婚もしたし子供も産んだ。2004年、社名入りの名刺を作った時は、会社を設立した誇らしい気持ちよりも、「社名はあっても中身はフリーランス。しょせん社名とはそのようなもの」と冷めた感想だった。会社という団体で、チームで、大きな仕事を成し遂げる仕組みを否定する気持ちはない。むしろ、そういった場で仕事ができる人を尊敬するし、大いに羨ましくも思う。

虹はよく見るし、こうして完璧な半円を観察できることも。

アイスランドに初めて訪れたのは2003年5月のことだった。偶然にも私の誕生日がアイスランド出張の最終日となった。誕生日を外国で迎えるのは、10代でアメリカに留学して以来のことで、人生の何かが大きく変わるような気がした。

プロフィールにも書いたが、私は東京生まれだ。生まれたのは渋谷の病院で、今年満87歳を迎えた母はいつも「日赤産院」と言うので、きっとその頃は産院だったのだろう。東京の真ん中で生まれ、都内を少しだけ転々として、ヨチヨチ歩き時代は、文京区の真砂町にいたそうだ。母と私の散歩コースが東大で、「大きくなったらこの大学に入れますように」と、三四郎池でよく遊ばせたという。三四郎池は、その名称が母の声ととも思い出される程度で、実際に見た記憶はないままだ。ちなみに、当時同じアパートには、SF作家の星真一さんが住んでいたそうだ。

都内を出て向かった先は名古屋だった。両親共に関東出身であったため、名古屋での生活は、アイスランドに移った時よりも文化差に戸惑うことが多かった。名古屋には8年ほど滞在し、中学3年2学期という、高校受験ギリギリの時、関東にもどった。

私は都会の生活しか知らない。雑踏と喧騒が入り混じり、落ち着くことを知らない浮沈城。なのに、幼い頃から大好きなのが、広い空であり、自然に囲まれた人混みのない場所だ。「人がまばらで、大きな空のある場所に住みたい」と夢見つづけた。そうするうちに、時代の宣伝担当は、見て聞いて楽しいチンドン屋から、安物スピーカーが際限なく垂れ流す音の洪水合戦へ。私は音の洪水も苦手で、日本を出る数年前から、外出時にはノイズキャンセリングのヘッドフォンが欠かせなくなっていた。

自宅から車で30分の写真定点。Kleifarvatnの湖畔。

静かなところに住みたいが、そんな場所は山奥の一軒家くらいしかないにちがいない。きっと不便な極まりないことだろう。運転はゴールドの免許皆伝ではあるが、遊園地のゴーカート以外を運転することはない。自動車を運転して、間違っても人を殺傷することを避けたいのだ。そうなると、可能性は山奥での自給自足生活か。

それって世捨て人?
まぁ、そういうことになるのかもしれない。

そんな願いとは裏腹に、現実の住まいは都会ばかり。フリーランスの仕事も都会でなければ成り立たない。元夫と購入した物件も大都市の中心部。

田舎の生活にあこがれはしても、しょせんは都会育ち。文化の匂いがしない場所は向かない。音楽ライブにも美術展にも行きたい。そうかといって軽井沢はおしゃれすぎて萎縮してしまう。自家用車の運転を必要としない利便性があり、空が広くて、静かで、文化的に楽しい街。そんな矛盾する要素の詰まった贅沢な場所が、見つかるとは思っていなかった。

そして突然ヌ〜っと現れたのが、アイスランド。

静か!人混みなし!!空が広い!!!

おまけで、水がおいしい、空気がきれい、音楽シーンが面白い、他のアート・シーンも活発だ。いいじゃん、いいじゃん。英語も通じるし、人も優しい。

「なにそれ、寒そう」「ペンギンや白熊と同居だね」「魚はうまそうだけど、どうやって生活するの?」ごもっともの感想です。

でも、アイスランドには人が住んでいるし、きっと住めば都に違いない。

人はないものねだりだ。東京の雑踏を代表する渋谷に生まれた私は、正反対の場所に憧れ、アイスランドを探し当てた。ここを掘らなくてどうする、という気持ちになった。

(つづく)

小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。