今年もやってきました。小さな子からお年寄りまで庶民全員が楽しみにしている日。それはBolludagur(ボッルダーグル)。今年は2月28日(月)がその日だった。
ボッルダーグルは英語では「クリーム・バンの日」と訳されることが多く、平くはシュークリームのようなお菓子の「bolla(ボッラ)」が登場する日。かつてこの日の朝、子供達は色紙で彩られた棒(bolludagsvöndur=クリーム菓子の日の)」を持ち、「ボッラ!ボッラ!ボッラ!」と言いながら親を叩き起こし、親は子供にお菓子を渡したという。何が起源なのか理解し難い風習で、私の夫も子供の頃はそうしたことがあったそうだが、近年は下火らしい。
日本人の北欧好きにはスウェーデンの伝統菓子「セムラ」が有名だそうで(私は知らなかったけど)、ボッラはセムラのアイスランド・ヴァージョンだ。他の北欧諸国にも似たようなものがあり、フィンランドでは「laskiaispulla(ラスキアイスプッラ)」と呼ばれるという。
北欧諸国でのこういった行事はキリスト教に関係があり、イースターから数えて7週間前の月曜がこのボッルダーグル、火曜日はアイスランド版マルディグラの「Sprengidagur(スプレンギダーグル)」、水曜日が灰の水曜日「Öskudagur(ウスクダーダーグル)」と続く。
で、ボッルダーグルのお菓子とはどんなものなのか?
基本的には生シュークリームだと思っていい。中身はホイップした生クリームとジャム、そして生地の上にはチョコがかかっている。以前はパン生地っぽいものにクリームを挟んでいたけれど(まだそれも売ってる)、現在はシュー地を使うのが主流だ。前日(日曜日)に皮だけ焼いておき、日曜日にクリームをホイップして食べる家庭も多い。
ボッルダーグルは年に一度しかなく、かつてこの菓子を売り出すのはこの日限定だった。掟破りでその前の週末から売り出すところもあったが、少数派だったという。掟破りではあるけれど、もちろん特に法で定められている訳ではないので、いつ売り出しても問題はない。
私が最初にこのボッルダーグルの存在を知った時、ものすごく不思議だったのは「なぜシュークリームを通年売らないのか?」だった。需要はあるはずだし、ケーキ専門店が存在しないレイキャビクで、パン屋でも手軽に作れておいしいシュークリームは、売り出せば毎日必ず誰かは買うはずだ。パン屋に損はない。なのになぜ売らないのぉ?ーーと思うのは、宗教観に欠ける節操のない日本人の私だからなのか?
年に1日だけのスペシャルな日だし、みんなこのボッラが大好きで、ひとり何個も食べる。中身の基本はジャムと生クリームで、上からチョコをかけるのも定番。種類はそれほどなく、違いといえば、生クリームがどれだけ甘いかとか、ジャムの種類がルバーブかイチゴか程度だった。
そのボッラに異変が起きた。そして今年は異常なまでにボッラの種類が増えたのだ。
予兆はあった。数年前からボッルダーグルの前の週末に、これを堂々と売り出す輩が出てきた。おー、勇気ある行為であり、1日限定でクリーム菓子を何個も食べるより、二週間続けて食べられた方がうれしい。「伝統に逆うとは嘆かわしい」という声はあまり聞こえず、みんな喜んで買って食べた。
クリームとジャムだけの組み合わせではない変わり種ボッラに火を付けたのは、Brauð & co.というニューウエーブのパン屋だった。あれは3-4年前、彼らがクリームとジャムの部分に工夫を凝らしたボッラを売り出した。印象に残っているのは、焼きメレンゲのトッピングと、オムノムというチョコレート会社とコラボをしたボッラだ。それはもちろん大歓迎で迎えられ、売り切れ続出となった。
その動きに焚き付けられたのか、翌年には変わり種ボッラを作るパン屋が続出し、去年はメジャーなパン屋は軒並み工夫を凝らしたボッラを打ち出した。年に一度ボッラにありつけるだけではなく、今までに無い珍しい味もある。前の週から売り出し、月曜の前の土日も売り出すので、あれもこれも食べたいとみんなが群がった。
今年のボッラ商戦は史上最高に激アツだった。去年にも増して変わり種に力を入れるところが増え、多いところでは17種類のボッラを用意して出した。それは嬉しい限りだが、そしてこんな珍事(?)まで飛び出した。
変わり種三種。ヴィーガンも試してみた。 バタードーと呼ばれるパン生地のボッラ
ボッルダーグル前週に買いにいったところ、あるパン屋で私は「今、二個買うと一個おまけしてるの」と言われた。どこにも書いてない。が、二個の値段で三個買えたのだ!
去年は年に一度のボッルダーグルの日の、それも早い時間に売り切れを出してしまい、クレームの嵐が沸いた。今年はそうならぬよう、数をたっぷりと作ったのではないか。そしたら、今年は競合が多くなり、去年のようには売れない。余っても困るし、大っぴらな値引きもできない。なので、こっそり割引ということで数を掃けようとしたのではないかと思う。ボッラは美味しかったけれど、パリっとしているべきシュー生地が湿り気味だったので、たぶん多く作りすぎて時間が経ってしまったのかと思う。
ところで、このボッラダーグルに向けての生クリームの消費量はハンパないことだろう。なにせこの日に向けてBakarameistarinnというパン屋チェーンは8万個を作る!我が家でも一人3-4個はいけるから、総人口37万人とすると、もしやこの時期に消費されるボッラは百万個になるのではとマジに思う。恐ろしやアイスランド住民!!
今年食べた中で一番好きだったのが、BRIKKというパン屋のボッラ。売り出していた5種のうちの3種がこれ。見た目は前の6種の方がいい感じだけど、ここのは全部抜群に美味しかった。なので味を少しレポート。
アップルパイとイートンメス 見た目も味もお菓子愛に満ちてた
半分になっているものを左から順にーーー
Apple pie:生クリーム、アップルチャツネ、ブラウニー、焦がし練乳クリーム、クランブル。
シナモンが効いたアップルパイとクリームが合わないような気がして少し杞憂したけど彼がチョイス。ドルチェ・デ・レッチェ(練乳クリーム)とアップルパイのコンビが抜群で、シナモンがごく抑えてあり我が意を得たりの味付け。ふんわりの生クリームとのコンビで、美味しくない訳がない。
Eaton mess:生クリーム、ラズベリー・ストロベリー、ホワイトチョコレート・ガナッシュ、メレンゲ。
レッド・ベリーの濃厚な香りが、もっちりとした甘いチョコのガナッシュやイートンメスとぴったりなマッチング。アイスランドの生クリームは最高に美味しいので、これも文句なしの組み合わせ。
Bragðarefurinn:オレオ・クリーム、ストロベリーソース、スマーティーズ、ミルクチョコレート・ガナッシュ
「子供っぽくない?」と彼から言われたけど、だから絶対に美味いと思った私のチョイスがこれ。オレオとかマーブルチョコとか、普段の私なら敬遠する素材だけど、上品でさっぱりと美しく美味しいクリームに合わせるのだから、どう転んでも大丈夫だと思ってた。案の定、これが一番おやつっぽく、控えめに甘くて、クリーミーで、楽しくて、すごく好きだった。もう一個独り占めして食べたかったくらい!
そして今年のボッルダーグル本番の2月28日。なのに天候が悪すぎて、ボッラを買いに行くことを断念。尻つぼみになってしまい、ちょっと残念。それでも、これだけボッラを食べることができてよかった!(実は写真に掲載した以上に食べてます(笑))
小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら。