(前回へ戻る)温泉へと急ごう。板張りのこの道を歩くのは、子供の頃大好きなプールへ行く時のような、心躍るひとときだ。
周辺の湿地は温水が混じるためか、植物も、藻も、水の雰囲気も、普通の河川とは随分と違う。透明度の高い水なので、水に浸かっている部分の様子もよくわかり、思わず見入ってしまう。
「ユーカ、花の写真は温泉の後でも撮れるよ」と彼からやんわり、先へ進もうの催促が来る。
いつもなら、所狭しと荷物やタオルが置いてある場所は閑散としていた。私たちが到着した時は3名お湯に浸かっていたが、着替えているうちに二人が去り、スマホをいじる女性だけひとりが残された。
この温泉は大人気だ。前回来た時は20名近く入っていただろうか。これほどゆったり入れることを嬉しく思った。
写真よりも動画の方が雰囲気をお分かりいただけるかと。もう少しゆっくりと撮ればよかったですね。動画も写真も難しい。
脱衣所から温泉に入る階段の付近は、水が冷たいこともある。前回は非常に暖かく、地殻変動で熱くなったのかと思ったほどだった。
今回は階段近くはいい感じのぬるま湯で、きっといつもの場所へ行けばたっぷりと暖かい湯があることだろうと喜び勇んで滝のそばへ行くとーーなぜか微妙。
なぜだ?ここには以前何度か来ている。けれど、これほど微妙な湯加減はない。何が微妙なのかと言えば、確かに滝のそばは熱めのいい湯が流れてくる。けれど、下の方が水。普通の水の水温だ。氷水ほど冷たくはないけれど、決して暖かくない。どこかいい感じに湯と水が混ざっている場所を探したけれど、探し当てられない。
よく見ると、いつもなら湯が堰き止められている石の囲いが見当たらない。
「雪解けの時にでも勢いで流されたのかな?」
などとトンチンカンなことを言った矢先に気づいた。そうか、雪解け水が多いんだ!
なるほど、それで全部合点がいく。遊歩道に水が溢れていること。水量が多いため、湯水を堰き止める石が水の下に埋もれているだろうこと。
冷水の量がありすぎて、湯がダダ漏れなのだ。なるほど適温の場所を探すのが難しい訳だ。
温泉の中で、適温ジプシーになりながらも、適温ジプシーになったこと自体が自然の醍醐味に思えて、いい勉強に思えた。自然は人間の思惑通りにはいかないでいいのだ。
スマホをいじっていた女性は、前回私が酔ったフェリーが出港する街の出身で、スカイダイビングのプロであると教えてくれた。保健事務所でも働いているけど、面白くないから、夏だけガイドをしようかと思っているとも言っていた。
彼女が去ると、彼と私のふたりだけになった。こんな素敵な温泉の貸切は、滅多にない。なのに適温の場所が探せない。肩が暖かいとお尻がつめたい。地からブクブクと泡が立つ場所からは、少し温水が噴き出しているけれど、下半身全般を温めるほどの温力がない。
とか何とか、文句をいいつつ、逆にその状況を楽しみながら、結局1時間強を温泉の中で過ごした。曇り空なのに、心の中が青空で満たされたような、清々しい気分で温泉を後にした。
ランドマンナロイガルのキャンプ場からは、さまざまなハイキングコースが用意されている。数時間で行ける場所もあれば、数日を要し、川の中を歩いて渡りながら進む本格的なサバイバルコースまで、種類も豊富だ。
せっかくなので、裏山へ続いているらしい道を歩いてみることにした。
歩き始めて最初の2分間で、温泉の源泉を横切る川は通るわ、雪の上は歩くわで、変わり身(?)の激しさに笑ってしまった。急斜面で危ない場所は石の階段があり、これはボランティアの方々の努力に感謝するしかない。
そして5分としないうちに見えてきたのが、小高い山の頂上だ。360度の絶景としか言いようがない。タイミングよく、青空も見えてきた。
ケルリンガルフョットルを初めて見た時の驚きとも違う、初めてなのに懐かしいような、心温まる光景に出会ったような気がした。
もっともっと散歩した〜〜〜い!
けれど、今日は日帰り予定だし、夕食は家で食べる予定で出てきた。彼の息子がいるので、ひどく遅く帰る訳にもいかない。
毎回あちこちへ行く度に「おいおい待てよ、もう帰る気か?!」と何かに呼び止められる気がするけれど、今回はその何かが本当に強かった。
レイキャビクから片道3時間半。少し早起きすれば、この地で4-5時間過ごすのは難しくない。というか、今はもう白夜が迫っているので、何時に来ても日照が絶えることはない。
写真のクオリティはさて置き、こういう風景を見て心が躍るのは私だけなのだろうか。日本の都会の人々は、どう感じるのだろうか。ふと、そんなことを考えた。
以前から私は変人だったけど、本格的な変人になってきたのかもしれない。でも、それでいいや。人生、楽しむが勝ちだと開き直ろう!え、前から開き直ってると思ってた?ま、そうだけどね。
そしてキャンプ場から車へ戻る道中でもまた、湖になっている遊歩道を裸足で帰ることになる。一番冷たい部分は足を蹴り上げ、水中に浸かる時間を極力短くすることで乗り切った。ぬるま湯の部分は、はぁ〜〜結構いい気持ち〜なのでオッケー。
そして車に戻ると、どうやら向こう側に居た車が川を渡ってくるようなので、急いで駆け寄りその様子を見た。川の深さを知りたかったからだ。
見てわかる通り、我が家の車の二倍近い幅のタイヤを履いたおベンツ様でも、最初の川はライト下まで水がくる。くわばらくわばら。
ここで、この川を渡ろうかと見ていた二台の簡易キャンピングカーが渡ることを諦めた。それが賢明だと思う。こういう場所では適切な判断、安全第一の判断が重要だ。
そして私たちは帰路についた。走りながら彼が神妙な口調で質問をしてきた。
「ユーカ、今日僕たちがここへ来た理由は?」
「温泉へ行きたかったんでしょう?」
「それもあるけど違う」
「この前来た時、通行止めだったからそのリベンジ?」
「いや、そういうことでもない」
「うーん、わかんないなぁ」
「わかんないか。単純なことなんだけどね。ここしかF道が開いてないからだ」
なんだそんなことか。爆笑!
確かに、ここしか通れないのだから、ここに来る以外の選択がなかった。そんなことを、なぜわざわざ質問してくるのか?
答えは知らないけど、たぶん今年はF道を走りまくるぞという宣言かな、と。そうであれば、彼がガソリン代を支払い続ける限り、私はついていく!リッター300円強!贅沢は全く必要ないけど、ガソリン代だけは払って欲しい妻(笑)。
この日のドライブは、F道に入ったところからドラレコに録画した。曇り空で光源が低かったせいか、どうも色がイマイチだ。もちろん、お安いドラレコだからという理由もあろうと思う。もう少し性能のいいドラレコがあれば、みなさんにもっといい画質で道の様子をお見せできるのですが・・・。
今年の夏の天気よ、どうにかよくなって欲しい。あそこも、ここも、あんなところも、そこまで行くかという道も通りたい。走りたい。そんな願いを叶える夏になってほしい。
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。