20キロの道のりをサメタイ読者が期待しているだろうと勝手に思い込み、早速行ってきた。3年連続、同じ火山帯内での噴火となれば、これはもう恒例行事!
2023年7月10日16時過ぎ、かねてより火山由来の群生地震が続いていたアイスランドで火山が噴火した。場所は2021年、2022年の2年連続噴火したのと同じ火山帯だ。
過去2回の体験上、1日に4千回近くまで地震の開封が増えて、少しその数が減って落ち着くと噴火する。今回も地震の数が4千回にリーチしたところで激減し始めた。地震の数が半分に減り、「もしや噴火しない?」と少し落胆し始める。そんな時に見かけた専門家のコメントは「噴火してみないと分かりませんが、噴火の可能性はあります」だった。あのさ〜、それって素人の私でも言えるぞ!と少し突っ込みたくなった。
そんな意味のないコメントとは裏腹に、その頃専門家は噴火位置をほぼ特定していたという。
さすがに「ここら辺から噴火すると思います」とは公に言えないし、万が一噴火しない可能性もある。なので前述のような、素人か!というコメントになったらしい。
そして7月10日月曜日の16時過ぎ、前年、前々年と同じ火山帯の地表の割れ目から、マグマが噴き出した。ちょうど彼が夏休み休暇前半を終え、仕事に戻った第一日目のことだった。
その日は天気がよく、仕事から帰宅した彼は、「バルコニーでビールでも飲もうか」と、外で私たちは呑気にビールを飲んでいた。すると彼がケイリル山の方を指差して「見てごらん、すごい煙だ。噴火が始まった!」
あれ〜、本当だ!急いでライブカムを見ると、始まってる、噴火してるよ。我々の噴火が戻ってきた〜〜!!かんぱ〜い!というか、乾杯しちゃったよ。行きたくても運転できないじゃん!
割れ目噴火とはよく言ったもので、文字通り、地表の割れ目からマグマが噴き出してくる。一直線の割れ目からマグマを噴き出すその様子は、前回の噴火よりも「割れ目」が強調され、教科書のような噴火だ。
以下の動画で、生まれたての割れ目噴火を、そして噴火が生まれる瞬間をぜひぜひご覧いただきたい。左端の小さな煙が徐々に長く伸び、シューっと音をたてながら邪魔な岩を蹴散らし、マグマが地上に現れる瞬間を捉えた貴重な映像だ。
この割れ目噴火は徐々に広がり、最初の数時間で200メートル、同日の夜遅くには900メートルを超え、一時は1キロの長さにまでなったという。
想像できるだろうか、1キロに及ぶ割れ目から、マグマが噴き出し続ける。えらこっちゃ。
マグマの排出量は2021年の噴火の10倍、2022年の4倍と言われ、あれよあれよという間に溶岩原を広げ、火口も成長していった。
正直なところ今回はいい写真が撮れなかった。なので初日の夜にストリーミングされた、ドローン撮影の動画をどうぞ。自然の脅威でありながら、マグマの動きやその模様には、非の打ち所がない美しさも感じる。
素人とはいえ、我々も現場へ何度も足を運んだ経験値がある。さて、どのルートを使って現地にアプローチすべきかの本格的な検討に入る。実はその前から「この周辺で噴火するだろうから、そしたらこのルートか、またはこのルートだよなぁ」と考えてはいた。
公式ルートはここになるだろうという見当はつく。そしてライブカムを見ると続々と野次馬(失礼!)が集まってきているのがわかる。うーん、行きたかったけど、乾杯するのが早すぎた!
すると間も無く、火山性の有毒ガス蔓延のため、噴火地への立ち入りは禁止のアナウンスが聞こえてきた。そうか、それならやはり翌日彼は仕事を早退して、午後から現地へ向かうことにしよう。午後からなら、規制が解除される可能性がある。
7月11日の午後、3年目の噴火見学に出発!「オン・ザ・ロード・アゲイン♪」というウイリー・ネルソンの歌声が脳内にこだましていた。楽曲が古くてごめん。
今回の見学は、「噴火見てくるよ〜ワクワク、ルンルーン」とは随分と違っていた。理由は歩く距離が長すぎるからだ。片道9キロの上、噴火現地で歩き回るのは目に見えている。歩く距離は20キロを超える。私は毎日家にいるだけで歩かなさすぎて、足がカクカクしてくるほどの運動不足。いきなり20キロはーー。
2021年、2022年の噴火見学で一番辛かったのは、翌日の筋肉痛だ。急な斜面の上り下りが必要で、足元にはごろごろ石が転がっていたり、逆にやわからな土壌しかなく足を滑らせたり転んだりと、安全とは言えない場所が必ずあった。レスキュー隊がだいぶ道を整備したけれど、それでも毎日骨折者が出た。
一歩、一歩、足の着地点を考え続けなくてはならない上、足を高く上げて歩かないと石に躓いて転んでしまう。そのような場所を進むのは体力の消耗が激しく、集中力がなくなると余計に危険が増す。
今回は距離は長いけれど、歩く場所の大半は道路だ。前年の噴火の際、レスキュー隊の便宜も考えて作られた道路がある。お世辞にも歩きやすいとは言えないが、道になっている場所を歩ける違いは大きい。注意が必要なのは最後の2-3キロで、往復4-5キロのみとなる。
風は少しあったが、アイスランド的には気温が高く、歩いている間は終始18度程度だっただろうか。日本の春先程度の服装で暑くもなく寒くもなく快適に歩くことができた。日照は夜中までたっぷりあるので、ライトを持ち歩く必要もない。散歩日和で、とても恵まれた日だった。
今回の難関は噴火地までのルートよりも煙だった。火山性の有毒ガスの心配は低くなり、午後3時には一般見学解禁となった。午前11時には警察、レスキュー隊等の総合ミーティングがもたれたので、まぁ午後には解禁になるだろうと見越して我々は出発していた。
たどって歩ける道路が尽き、遂に道なき道を進む場所まできた。幸か不幸か一番乗り組だったので、先人が進む方向へついていくということができない。けれど、狼煙があがっているのが本丸であることは確かなので、その方向へ進む。
最後の2ー3キロは写真でお分かりの通り、苔がもっそりと生い茂った場所だった。苔の下には溶岩があり、溶岩は不安定で、所々に大きな穴が空いていたりする。その穴も苔で塞がれて見えない場合が多いため、着地して大丈夫そうな場所を選ぶ必要がある。危ないのは窪みなので、苔が盛り上がっている部分を選べば問題ない。
それにしても酷い煙だ。ハイキングルート側に向かって吹いている訳ではないけれど、時々文字通り煙に巻かれる。煙が目に染みて痛いので、煙に背を向けて少しの間耐えれば、煙は去っていく。どの辺に火口があるのか距離感もわからず、今回はその点でもイライラした。
ちなみに、火口から真上に噴き上げられるのは火山性の噴霧で、周囲に広がる白い煙は植物(苔)に比がついた煙で、山火事ならぬ苔火事状態。毒性の強いガスではないが、無論煙を吸い込み続けるのはよくない。
ザバッザバッ、ゴー、バッシャンっという火山噴火特有の音がするのに、いっこうに何も見えてこない。面白くない!!歩きにくいし、体力はなくなってくるし、「もーやだー、帰りたい〜〜〜」と心の中で思っていると、彼がそんな私を見透かすように「ユーカ、噴火の音がしてるじゃないか。もうすぐだよ!」と言ってくる。
「かなり前から音は聞いてるけど、いくら歩き続けても、全然火口が見える気配がないじゃん!」とイライラを吐き出す。
「そんなことないよ、ほら、あそこを見てごらん」と煙が厚い方向を彼は指差す。
そこにあることは言われなくてもわかってる!と、ブリブリしながらその方向を見てみる。と、真綿がススっと幕外に姿を消し、青い空をバックに見慣れたあのマグマのオレンジ色が弾けて飛んでいた。
「あ〜〜、あそこか、分かった。おぉ、久しぶり。火山噴火だ〜!」
煙に阻まれはしても、それは紛れもなく思い出深いマグマの色で、以前と同じように、バシャバシャと空にオレンジの破片をぶち投げていた。そして火口が大きい!
初めて噴火を見た時のような感動には欠けるけれど、それでも嬉しいことは変わらない。あぁ、私はまた火山噴火を見たのだと、書くのも恥ずかしいほど意味のない感想を抱いた。
煙に阻まれてはいるが、どうやら割れ目の中に4ー5個の火口があるのではと見て取れるーーと冷静な観測さえしてしまった。
歩くのはもうヤダ〜と思っていたところで噴火を見たので、気を取り直すことができた。もう少し歩こう。
そうしてまた数百メートルも歩いただろうか、どうやら、ここが一番火口に近そうだという場所まで来た。よく見えないので、音の大きさでそれは判断した。
今回も前年に引き続き、噴火後24時間以内に辿り着いている。今年の火口の成長は、去年よりも衝撃的に早い!
大雑把な比較しかできないが、下の写真で大きさの比が少しは掴めるだろうか。どちらも、噴火から24時間程度の時に撮っている。
煙に阻まれ、噴火の音はしても見えないのでつまんな〜い。彼はもう少し先へ行ってみたそうだが、私はもうここでいい。
適当な場所に腰を降ろした。風を遮れる場所がいいと周囲が少しだけ小高くなっている場所を選んだが、風は相変わらずの感じで吹いてきた。どこに腰を下ろしてもふかふかの苔があるので快適だ。苔を踏みつけてダメージを負わせると、復活するのに数年かかると言われる。だから苔を踏むのは避けなければいけない。普通は、ね。
私が腰を降ろした苔も、見学者が容赦無く踏みつけている苔も、数日の間に燃えてなくなる運命だ。ならば少しの間、私が寝っ転がるクッションとして、楽しませてもらおう。足を投げ出し、靴を脱ぎ、靴下も履いで大の字になって寝っ転がると、目の横に紫色の咲立ての美しい花が目に入った。
「地に根を下ろす」ことは美徳として語られるけれど、根があるからこそ身動きが取れなくなる。それって本当にいいことなのか?とまたまた意味のないことを考えた。
横になると風はほとんど感じなかった。苔はふかふかだし、噴火の轟音が腹の底に響いて気持ちがいい。案外こういうのも悪くないかも。
「先を見てくれば?私はここで寝そべってるから好きにして」と彼を冒険に出した。
噴火の轟音を聞きながら、目を瞑りその様子を想像した。目の前に本物の噴火があるのに、なぜ想像しなくちゃいけないんだ!と矛盾を呪った。ん?地が揺れなかった?!地震はもうないと思っていたのに、地が揺れたような気がした。それもゴゴーというごく低音の地鳴りのような、聞き慣れた噴火の音とは少し異質な音程だ。
まただ。ゴーっと鳴っては大地がゆるっと揺れる。いや、それは10キロ歩いて疲れているせいだろうか。当局から注意喚呼も出ていないし、まぁ大丈夫なのだろう。
後で知ったのは、かなり多くの人がこの揺れを感じ、レスキュー隊員や専門家に尋ねていたという。これは噴火当初、溶岩トンネルが不安定であるために起こる現象であるという。トンネルが落ち着けば揺れはなくなるそうだ。へ〜、知らなかった!
冒険から帰った彼は、「風上へ行けば煙たくないし、噴火もよく見える」という。風上が煙たくないのは当たり前!と突っ込みたくなるのを抑え、「よく見えるとは、煙がなくてクリアな状態で見えるの?」と尋ねると、ほぼ煙はないという。
40分も寝ながら過ごしたから少しは休めた。それじゃ行ってみるかと、さらに数百メートルを進んだ。そこで出逢った光景がツイートしたこの動画の場所だった。
彼がいうほど鮮明には見えなかったけれど、これが限界と見て帰路についた。
煙は苔が燃え広がっているためなので、既に燃えてしまった部分に足を踏み入れれば、火口に近づける。それは分かっていて、少しやってみたものの、やはりどうしても煙たすぎていられない。文字通り煙が目に染みて涙が出てしまう。
「あと3日間もすればここらへんも全部焼け尽くされるから、そしたら火口に近づきやすくなるね。でもそれまでに火口が育ちすぎて、山の上からしか見えなくなるかも。第一、勢いがいいだけに、そこまで噴火が続くかが問題だけど、さ」
今回は煙がどう火山見学に影響するかを学んだ回となった。煙で溶岩の先端に近寄れず、すごく楽しみにしてた溶岩の流れが全く見えずで残念だった。私は噴火よりもオレンジ色に輝く溶岩が見たかったのだ。
今回は、「行ってきました。煙たかった」程度の内容しかないレポートで申し訳ない。噴火の様子はこの文章の前に戻り、プロが撮影した動画をご覧いただきたい。
ちなみに、筋肉痛はほぼなかった。翌日、椅子から立ち上がる際に「どっこいしょ」の掛け声が必要だった程度で、半日も経てばそれも消滅していった。20キロ強の道のりとはいえ、大半が道路を歩くだけなので、負担が少なかったのだろうと思う。
噴火がどの程度続くかは誰もわからない。去年は二週間弱だっただろうか。風向きが悪くなければ、来週の平日にもう一度訪れて、今度はたっぷり赤い溶岩を見てきたい。
小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。