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こちらアイスランド(186)〜学童用と侮ることなかれ『世界のくらし アイスランド』は大人にも良書〜小倉悠加

ポプラ社から『現地取材!世界のくらし19 アイスランド』が出版された。私がコーディネーターとしてお手伝いをした書籍だ。

タイトルで想像ができると思うが、学童の教育素材として編纂された。手前味噌にもなるけれど、これが本当によくできてる!大人が見ても非常に参考になるはずだ。

まず、アイスランド共和国という国家の全貌をサクっとつかむのにとてもいい。児童書であり、図鑑的な要素も強いため、パっと見てとてもわかりやすい。統計や数値などは、スッキリと簡潔にまとめてあり、普通はこれで十分だろうという情報量だ。

日本の読者と同じ年齢の、アイスランドの小学生の生活を通してこの国の暮らしぶりが紹介されるのも、とても親しみやすい。「平均的なアイスランドの家庭」ということで探し当てたのがこの家族だった。

この取材には子供、両親、学校等の協力が必要で、両親や学校はよくても子供がシャイでNGであったり、承諾を貰っていた家庭が海外へ引っ越してしまったり、子供はやりたがっても両親が渋ったりと、選り好みをする余地はなかった。

結果的には主人公になってくれたお嬢さんも、周囲のお友達や学校関係の先生方もとても協力的で、それが日常生活や学校生活の描写の細部となって滲み出ているように思う。

日本の小学校も私が子育てをしていた20余年前よりも自由度は高くなっているかもしれない。それを考えても、北欧の、アイスランドの小学校は、芸術性を重視する自由選択が驚くほど多いことにも感心することだろう。もちろん学問の基礎となる読み書きや計算にも多くの時間が費やされている。

この書籍を初めて手にとり、すぐに「おぉ」と感心したのは地名の表記だ。汎用されている表記に拘らず、かなり発音に忠実になっている。

これはとてもいいことだと思う。そして英断でもある。

現在でこそネットが発達し、発音を確認することは容易になったとはいえ、アイスランド語は非常にマイナーな言語だ。正確な発音を知る人がなかなか見つからない。だから、最初に間違うと、間違ったままの発音(表記)が一人歩きする。

そのいい例(よくない例?)が国際的な人気を博しているアイスランドの音楽グループ、シガーロスだろう。アイスランド語ではSigur Rósと書く。カタカナで近い発音はスィグゥル・ロゥスだ。簡素化してシグル・ロゥスと記してもいいだろう。なのにシガーロスだ。

アイスランドへ初めて行った時、数名の音楽関係者と話をした。シガーロスと言っても全く通じず、まさか本国で全く無名のバンドなのか?と一瞬思ったこともあった。誰と話しても、ことごとく「シガーロス」では理解してもらえなく、英語でSigur Rosと書いて理解してもらったこともある。私が正しい発音を身につけたのはその数年後だった。

悲しい事実ではないか。自分の名前がサトウ・ユウカであったとしよう。それがシャッタウ・ジュカと発音されたら自分の名前だとは気づかないだろう。それが国際的に定着してしまった時、どうすればいいのだろう?表記を変更することはできるかもしれないが、もしかすると同じグループだとは誰もわかってくれないかもしれない。

バンド自身はそのことをどう受け止めているのだろうか。文化差として特に何も感じずにいるのか。

バンド結成30年、デビューから25年も経ってしまっては、変更するメリットよりもデメリットの方が大きいだろう。このままシガーロスとして存在し続けるのだろう。

まして地名だ。かつて私は、在日アイスランド大使館の職員に、果たしてアイスランドの地名はどう表記するのがいいのか?を尋ねたことがあった。かれこれ20年前の話だ。その時、これを参考にしてほしいと『アイスランド地名小辞典』(1980年)を渡された。また、外務省の表記も参考にした。

そんな大人の事情的を切り落とし、バッサリと潔く原語の発音に寄せたことに、私は未来を感じずにいられないのだ。確かに、このように発音すれば現地で通じる。これは監修者である朱位昌併氏のおかげだろう。

写真:ポプラ社提供

児童書であるから、全ページにカラー写真がふんだんにあり、見ているだけで飽きない。文字を読まずとも、何となく伝わってくるものが多いし、見るたびに新しい発見がある。子供向けの書籍の定番なのかもしれないが、大人の私が見ると感心することばかりだ。

特に食のこのページは、自分が日常食べている食材との違いを無意識に比較するだろうし、そこから想像される味や見えてくる文化差も多いことだろう。もしかしたら、実際にアイスランドへ行って味わってみたいと思う子供もいるかもしれない。きっかけとは、あちこちに落ちているものだ。

ページの多くを割いた小学生の生活では、自分が通う日本の学校との違いもよくわかりそうだ。映画や物語ではなく、実際の児童の生活を追っている現実なので、これもまた、実際に海外で生活してみたい、留学してみたいという夢や希望につながるかもしれない。

著者の小原佐和子さんから直接聞いたところでは、このシリーズは必ず著者が現地をくまなく取材し、できる限り全部見聞きするのが基本だという。写真を寄せ集めて提示するのではなく、著者がしっかりと体験することで成り立たせている。

例え同じ物事を同じ言葉で描写するにしても、滲み出るものが違うのではと私は思っている。コーディネーターとしてほとんどの物事に携わった立場での特殊な感想なのかもしれないが、実体験のあるなしで、言葉の持つ熱量が変化するのではと感じる。考えすぎ?(笑)。

コーディネーターの私も実際に小学校の給食をいただいた。なので、給食がいかにヘルシーで美味しいかを実感を持って語ることができる。

内容はこのほかにも、都会と郊外の違い、環境先進国と言われるゆえん、結婚式や命名式等の伝統行事、男女平等や人権関係のものごとも!これ一冊見れば、アイスランドの全般を美しく網羅することができる。本当によくできた書籍だ。

日本とアイスランドの関係については文学を中心に鈴木亮太郎在アイスランド日本大使の話や、日本に支社のあるアイスランドの漁業企業も訪れ、内容に更なる広がりをもたせている。

オマケとして、本誌にあるQRコードを読み取ると、例えばジャンケンの様子を動画で実際に見ることができる。そういうところが数カ所ある。

うーん、なんとよくできた書籍なんだろう。旅行前に一読しておけば、基礎知識として申し分ない。アイスランド人の私の夫は、パトカーや消防自動車などの車両の写真を見て「幼い頃にこういう本があればよかったのに!」と思わずこぼしたほどだ。

インターネットを通して、リアルタイムに世界中のどこの様子も丸見えになる世界であはる。それでも、そしてだからこそ、情報を精査してまとめたこういった書籍は大切な存在だ。

自分が仕事として関わったという事情は差し引いても、アイスランド全般を知りたいみなさんに心からお勧めしたい良書だ。

ポプラ社の『現地取材!世界のくらし19 アイスランド』をぜひ一家に一冊どうぞ!!

アイスランドのレンタカーは地元の会社で

小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。

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