政治を斬る!

こちらアイスランド(222)祝6年目!書き魔は続くよどこまでも!〜小倉悠加

「こちらアイスランド」が鮫島タイムズに登場し、今回で6年目を迎える。奇しくも222のゾロ目を足して6。何かいいことあるんか?!

6年って、うわ、まじ、時間の経過が早すぎる!

丸5年間掲載し続けた達成感のような、耳障りのいいことは何も感じていない。6年目という時間の流れにひれ伏すだけだ。はっやぁ〜〜。

私には2004年から書き続けているブログがあり、近年はごくサラリとしか書いていないけれどまだ続いている。そこは20年以上の歴史がある。6年目ではやっと小学生になったようなものだ。

同じ5年間でも鮫島タイムズの主である鮫島さんの5年間は政界とも連動する激動の歳月だ。「こちらアイスランド」よりもずっと濃密で険しかったことと思う。
毎回この節目に同じことを書くけれど、アイスランドの写真が、私の気楽な言葉が、少しでもみなさんが和める時間になっていますように。

「こちらアイスランド」では毎年の節目に鮫島さんから言葉をいただいている。

6周年を迎えるにあたり、今回も言葉をお寄せいただいた。鮫島さん、Youtubeの配信で毎日忙しいところ、ありがとうございます。

あっという間の5年間でした。
朝日新聞から独立し、SAMEJIMA TIMESを立ち上げ、連載『新聞記者やめます』を開始したのが2021年2月。
その翌月には小倉さんがアイスランドから筆者同盟に馳せ参じてくれました。私にとって、まさに「旗揚げの同志」です。
連載初回の『私は五十を過ぎて妖精の国に移住した』も、2回目も『火山が噴火!いざ現地へ!溶岩まで50メートル!世にも稀なエンタメをどうぞ!』も、1万回以上の閲覧数を記録。ものすごい波及力です。
それにまして、連載を222回も続けるなんて…プロの新聞記者も顔負け。私の『新聞記者やめます』は100回に達しませんでした。朝日新聞時代も200回を超える連載なんて、やった試しがありません。
ここまで書き続けられるのは、やはり、小倉さんが書くこと、そして表現することが好きだからでしょう。何事も、好きじゃないと、続かない。やらされ仕事は、つまらないのです。
小倉さん、サメタイ参加6年目、おめでとうございます!
そして、ありがとうございました。
これからも思う存分、書きまくって、暴れてください。
楽しみにしています!

書きまくって暴れていいそうなので、暴れま〜〜す(笑)。

それから、去年は藤井風旋風が巻き起こり、「こちらアイスランド(194)私はなぜ4年前に音楽アーティスト藤井風を封印したのか。そして今は・・・」去年最高のビュー数を獲得したことを記しておきたい。


さてさて、実は前回の投稿は長く書きすぎたため、最後の項目をこの回にまわすことにした。それは図らずも6年目にぴったりの話題として収まる。

書き魔は書き魔ーーー書くプラットフォームは関係がない。

私がいかに書き魔であるかを再認識したという話も記しておきたい。

文字を記す、書くという行為。両親はとりたてて教育熱心だったわけではなく、文字は小学校の入学時に初めて習った。漫画は好きだったけど、文学にはそれほど興味がわなかった。友達の間で話題になったので、小学生の時に江戸川乱歩を読んだ程度だった。

中学に上がり、国語の先生に作文を褒められたことがあった。意外だった。

国語は得意な科目でさえなかった。漢字が苦手だし、古文漢文は面白みが分からず嫌いだった。

ここらへんまでは私と文字の接点は薄い。

50年ぶりの同窓会では、湯川れい子さんと私がいかに知り合ったかという質問が飛び出した。高校時代、私は彼女のラジオ番組に手紙を書いて送った。ペンネームはMiss Sunshineで、毎週欠かさず書いていた。

思い返せばその頃から書き魔だったのだ。

アメリカの高校に留学中、両親へせっせと手紙を書いた。少なくとも一週間に一度、数日に一度手紙を送った。それを苦に思ったことはなかった。

大学では授業のすべてが英語で行われる学部学科だったため、必死に勉強せざるを得なく、日本語の読み書きを深める時間がなかった。また、その時代に英語だけしか読み書きしなかったためか、日本語感覚が狂ったとも感じた。この時を境に、私は自分の日本語の言語感覚、特に書き言葉・文章に、いい知れない違和感を持つようになった。文章に「これだ」と納得ができなくなってしまった。

その後、音楽雑誌で翻訳の仕事をするようになった。けれど、それは仕事であって、書き魔とは別だと思う。

アイスランド音楽を広めるために会社を立ち上げ、Exciteから公式ブログ「ICELANDia」をいただいて初投稿したのが2004年12月だった。そのブログは現在でも書いている。20年以上書き続けている。

以前は伝えたいことが多く、頻繁に更新をした。スランプのような時期はあったけれど、まだ書き続けている。

それから、アイスランドに拠点を移す少し前に、独自サイトのIceland Guide Netを作った。公共のブログ・サービスはいつ終了するとも限らない。Exciteの内容はすべてオリジナルのコンテンツで著作権は私にある。内容を自分のサイトにコピーしておきたいと思ったのも新サイトの目的のひとつだった。

そんな時に思いがけず書き始めたのがこの鮫島タイムズだ。今までご縁のなかったオーディエンスを頂き、新たな気分で私のアイスランド生活、知られざるアイスランドの秘境ドライブ生活をお裾分けすることとなった。

最初の2年間は紹介したい場所だらけで書き散らした。

とまぁ、いくらでも書き散らすことができる私なのに、日記はつけたことがない。中学生の頃の交換日記は私の引っ越しと共に終わった。個人で日記をつけようとしたけれど日記は続かなかった。手書きは面倒なのかと思い、デジタルでやり始めたこともあったが全く続かなかった。

そんなことから、読んでくれる対象者がいないと私は書けないのだと思っていた。

その私が今年に入り日記を書くようになった。きっかけは歌手のAimerさんの投稿を見てのことだった。Aimerさんは大好きな音楽アーティストだ。コーディネーターとして彼女のアイスランドでの仕事に関わったことがある。

彼女は日記をつけていて、4年間で1ページを埋められるような日記帳(ノート)と最近出会うことができたという。同じ日の日記を4年かけて見開きで埋める方式に心をひかれた。

私はずっと公の場で書いてきた。それも悪くないけれど、ごく個人的な心の機微を、物事を、書きつける場があってもいいのではないかと思った。何よりも同じ日のページの内容が1年ごとに増えていき、4年後にどうなっているかを見るのは大変に興味深い。

ということで、同じようなノートを私も見つけて私も書き始めた。三日坊主でもいいや、と。

書き始めたのが今年1月19日、まだ1日も書き忘れたことがない。
日本語の文字を紙に書きつけるのは何年ぶりだろう。いや、何十年ぶりか。情けないほど漢字が書けない。タイプ打ちするスピードが私の書き言葉のスピードになって久しい。アナログで文字を書くのは遅すぎる。言葉が思い浮かぶスピードに手が追いつかず、乱筆悪筆だらけだ。ひらがなの文字の形さえ定まらず、これではまるで小学一年生の筆跡ではないか。

文字を書くスローな時間がもどかしく、ボールペンでは間違った文字を書き直せないことも腹立たしい。

アナログで文字を書く行為ーーー。

アイスランド大学に通った3年前、何十年かぶりに文字をノートに記すこととなった。でもそれはアルファベットの横文字で日本語ではなかった。

日記には日本語の文字を、自分の筆跡で書く。当たり前なのに、なんとも古めかしい行為だ。いや、デジタルの時代だからこそ、回り回って最先端なのか?

デジタルで文字が書けるようになった時に感じた便利さと正反対の不便さを、日記を書くたびに感じる。文字の削除、書き直し、漢字の選択、コピーペースト等、デジタルが得意な分野はアナログでは不得意だ。でもその不得意さ不器用さが、文章の雰囲気に大きく関与しているのだろうとも感じる。

書き魔、か。

20年ほど前だったろうか、脚本家とメールでやり取りをするようになった。きっかけは会社設立に関しての情報だった。そのうちに個人的な物事をお互いに少しずつ書くようになていった。

脚本家だけあり相手に不足はなく(?)私と同じような熱量と文章量をもって毎回返事がきた。そんな彼から「脚本を書いてみたら?」と促されたこともある。うーん、どうなんでしょうか〜。

中学生の時に国語の先生から、「童話を書いてみないか」と言われたことがあった。作家は無理かもしれないが、童話ならプロになれるかも、と。

私の感覚では童話は非常に難しいと思うのだが・・・。

学生の頃、ある人物に関してを書籍にできないかと思い大手新聞の編集者に読んでもらったことがある。「週刊誌のレポーターなら十分にやれる。やってみてはどうか」と言われた。

Exciteのブログを見て私に仕事を依頼してきた雑誌編集者からは「小倉さんの文章は編集者的な視線を感じる」とも。

「こちらアイスランド」の場をご提供いただいている鮫島さんからは、「あれだけ書き続けられること自体が才能です」と(笑)。

仕事で文章を書くことはあったけれど、物書きを生業とするにはほど遠かった。原稿料が絡むと緊張して自然に書けなくて、ボランティアで勝手気ままに書ける場だからこそ続くのかとも思う。

先日、本屋で「書く習慣をつける」か「日記を書き続けるコツ」というような書籍を見た。文を書くことは、そのハウツーが書籍として成り立つほどみんな苦しんでるの?!

普通はそうなの?????

私にできることは誰でもできると思ってるので、書物でノーハウを授けられなければ文章が書けないとは驚きだ!

私は書き散らせます。書き続けられます。書きます。書けます。書き魔です。

改めて自分がいかに書き魔であるのかを知った。書くコツ?コツはあるんだろうか。心に浮かぶ声を文字にするだけでしかない。本当にそれだけ。

とこれを書きながらふと気づいた。そういえば、英語学習に集中するあまり、見失った日本語の言語感覚を取り戻してる気がする。いや、そんなものは最初からなかったのか、違和感が続きすぎてもう慣れっこになってしまったか。どうでもいいや!

6年目もどうぞよろしく。

小倉悠加(おぐらゆうか)
東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド在住。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。高校生の時から音楽業界に身を置き、音楽サイト制作を縁に2003年からアイスランドに関わる。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、社会の自由な空気に魅了され、子育て後に拠点を移す。休日は夫との秘境ドライブが楽しみ。愛車はジムニー。趣味は音楽(ピアノ)、食べ歩き、編み物。