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こちらアイスランド(84)シガーロスのヨンシーが師匠。野生ハーブの薬草酒はいかが?〜小倉悠加

いつも野菜が少ないとか、肉の薄切りがないとか、鶏肉の皮がないとか、アイスランドの食事情に文句たらたらの私。食料は足りてるけど、四季折々の野菜や果物、山菜類が楽しめないのは、結構じわじわと、心のどこかが貧しくなっていく。

そんなアイスランドでも、毎年楽しみにしている食に関する風物詩がいくつかある。ひとつは少し前に書いたルバーブ、もうひとつは野生のブルーベリー。そして薬草酒も私には大きな楽しみだ。いや、呑助の私には薬草酒が最大の楽しみかもしれない。

薬草酒を作るきっかけは、なんとシガーロスのヨンシーがくれた。シガーロスを知らない人のために書いておけば、アイスランドきってのロック・バンド。ジャンルはポスト・ロックと呼ばれるもので、イケイケのリズミカルな音楽ではなく、どことなく哲学的で神秘的かつ壮大な風景を音で紡ぎ出すような感じだ。アイスランドの音楽が世界的に注目される大スターといえば、このシガーロスとビョークで、ヨンシーはシガーロスのヴォーカリスト兼ギタリストとして、バンドの中で最も注目される存在だ。

そんな彼は5年ほど前、音楽スタジオや調香に使っていた民家を改造し、妹3名と協力して店を出した。Fischer(フィッシャー)と名付けられたその店は、アイスランドのハーブを使った製品を扱う。この店の開店イベントの際に振る舞われたのが、ヨンシー作の薬草酒だった。

Fischer店内。ヨンシーが使っていた調香台

これが私には衝撃だった。なんという香りのよさ!野生の自然が束になって凝縮されたような不思議な味の後に、爽やかな香りが鼻腔に残った。あまりにも美味しくて、香りが好きすぎて、私はその時ヨンシーから手渡された小さなプラスチックのカップを家に持ち帰り、カップに残った香りを何度も嗅いでは深呼吸をした。

薬草酒は巨大なフラスコで作られ、その中にはアイスランドの植物の姿が、ところ狭しと漬けられていた。見た目は植物の残骸のようでもあり、自然がそのまま瓶の中で冬眠したようでもあり、とても不思議な感じがした。

私は作り方を思わずヨンシーに尋ねた。

「そこらへんにある草や木を手あたり次第入れればいいんだよ。酒は何でもいいけどウォッカかな」

にわかには信じがたかった。適当にその辺の草花を入れればオッケーという訳がないだろう。植物には毒を持ったやつもある。これとこれ!という定番があるはずだ。少しでもレシピを具体的にすべく「例えばこの香りだけど、何かを多めに入れてるとかある?」と詰め寄った。

アイスランドの代表的なハーブのアニス、アンゼリカ、アークティック・タイムは絶対に入れた方がいいけど、それ以外はやはり「適当」ということだった。

花は数時間で茶色くなっていく

今では彼の言わんとしたことが理解できる。結局私も現在はそこらへんの草花や苔を適当に入れている(笑)。ヨンシー師匠は偉かった。その通り!

適当には入れているが、手当たり次第入れている訳ではない。植物=毒性の図式は常に脳裏にあるため、アイスランドの草花に関する文献にも目を通した。薬効が知られる植物を入れるようにはしているけれど、アイスランドには死に至るような毒性の植物は生えていないし、毒性のあるものは数種類に限られる。ということは、草花、樹木や苔のほとんどが問題なし。もしも毒の成分が混入しても、まず窒死量にはいたらないし、最悪舌が痺れるとか、まぁその程度らしいから、華麗に無視!

そういう訳で毎年、我が家では薬草酒が作られる。毎年香りや味が微妙に違って楽しい。

楽しいのは味や香りだけでない。毎年アイスランドを一周するので、各地で何かの草を摘んではウォッカの中に落とす。あのピンクの花を入れたのは東部の名もない滝の近くだったとか、その草を摘んだ場所や状況を覚えている場合も少なくない。

この薬草酒の薬草投入は数ヶ月間に及び、ちびちびと追加される。毎年入れるものが違うし、何だか分かんないけど入れちゃえもあるし、瓶の中に入ってるとかっこよく見えるからという理由で入れることもある。要は何でもありだ。

この白いコケは見た目がかっこいいので入れている(笑)

この酒が熟成する過程を味わうのも楽しい。熟成時までに量が半分になってはいけないので、利酒もほどほどにと言い聞かせはするけれど、「若い」感じも悪くないし、熟成の過程を味わうのも、醍醐味だと思っているーーというは単なる呑助の言い訳!

雑草、花、木の葉、苔ならなんでもありとはいえ、酒に漬けて美味しいのが、アニスやアークティック・タイムだ。アイスクリームに入れたり、シロップにしても美味しい。

私が大好きなのはアイスランド語でblóðberg(ブロゥヅベルグ)と呼ばれるアークティック・タイムだ。タイムというハーブはみなさんご存知かと思う。その北極ヴァージョンがこれで、花の色が血のように濃いため、花の名前にアイスランド語のblóð(血)がついているのかと思う。

今年は雪が多かったせいでこの花が咲くのが若干遅いような気がする。それとも私がまだかまだかと待ち遠しく思っていたせいで、なかなか咲かないという印象なのか。で、やっとその花が咲き始めた。

前回ご紹介したドライブの際、この花をあちこちで見かけた。アイスランドのタイムには摘み時がある。一番甘やかな花の香りのハーブ酒が作れるのが、開花して間もない若い花の時代だ。葉は摘まず、花の部分のみをウォッカに入れる。

タイムの香りを効かせたい場合は、花と葉の部分の両方を入れるといい。塩であれば葉でも花でもいいし、応用範囲は広い。

場所によっては花が埃に塗れていたり、小さな虫がたくさんいたりするので、摘む場所を見極めるのも大切。今回は小さな虫もいないし、開花したばかりでよさげな場所から摘んできた。けれど、ティッシュの上に広げて少し経つと、数ミリのシャクトリムシが数匹出てきた。ウォッカで酔いしれて人生を真っ当するのも悪くなかろと思ったけれど、丁寧に指先に乗せて、全員アパートの庭に出してあげた。

アイスランドに来て絶対的に変わったのが、虫への思いだ。日本にいる時は、害虫として全部抹殺していた。けれど今は、ハエはコップで捉えて外に出すようになった。それは彼がハエを「夏のお友だち」と呼んでいるのを聞いたのと、この地では昆虫類をほとんど見ないため、何となく虫恋しい気持ちにもなろうということか。

今回、投稿のアイコンに使用したのが現在我が家にある薬草酒のボトルだ。左からアークティック・タイムの花のみ酒、その右が今年の「適当入り」酒。これはまだまだ中身を足していく。液体が尽きているボトルは去年の「適当入り」。一番右手の小さめの瓶にはアニスの花だけが入っている。

本当はもっと作りたいと思う。でも、アイスランドは酒税が高く、日本で2-3千円程度のウォッカが8千円強という高価なブツ。年間を通じて楽しめるとはいえ、この時期にまとめて買うとなると結構な出費で、どうしても2-3本が限度。5本くらいパっと買える身分になりたいよぉ。

小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら


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