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ものづくりの考古学者がゆく(6)銅山遺跡を訪ねる~丹羽崇史

前回からずいぶん時間がたってしまった。今回はある研究会に参加した時のことを紹介しようと思う。

奈良から電車や新幹線を乗り継いで約3時間。新山口駅からレンタカーを借りて、現地に向かう。

ここは山口県美祢市にある長登銅山跡。

山口県長登銅山跡(筆者撮影)

長登銅山は、「奈良の大仏の故郷」とも言われている。なぜか?実は東大寺の大仏に使われた銅の原料はここから来ていると考えられているのだ。

長登銅山は、奈良時代から1960年まで採掘された日本最古の銅山遺跡である。

ここでは奈良時代から平安時代にかけて、国の採銅所が置かれた。

そして創建時の奈良の東大寺の大仏には長登産の銅が使われたと考えられている。

遺跡の入り口にある長登銅山文化交流館(大仏ミュージアム)では、発掘調査で出土した土器、銅生産に関する遺物(鉱石、炉壁、鞴羽口など)、木簡などが展示されている。

長登銅山文化交流館(筆者撮影)

長登銅山跡の調査は、1970年代から始まった。

現地の調査・研究に長く携われた池田善文さんの書かれた『長登銅山跡 長門に眠る日本最古の古代銅山』の本には実に興味深いエピソードが紹介されている。

かつて地元の美東町(現・美祢市)では奈良の大仏に使われた銅が採掘された「言い伝え」が知られていた。長登は、「奈良の大仏に銅を送ったので、奈良登(ならのぼり)といっていたが、いつしか訛って長登(ながのぼり)になった」という地名伝承が語り伝えられていた。しかし、中世末以前の古文書にも長登銅山を示す記録は全くなく、信憑性のない伝説として長い間扱われてきた。

池田さんは1972年に美東町教育委員会に就職したのち、地元の人々や外部の有識者の協力を得て、測量調査や分布調査、小規模な発掘調査を進めてきた。

こうした中、1988年、奈良の東大寺大仏殿周辺の発掘調査で出土した銅塊の化学分析の成果から、東大寺の大仏の銅は長登銅山に由来するとの見解が発表された。

これを契機に美東町では長登銅山跡の本格的な発掘調査が行われ、奈良時代から近代にわたる採鉱跡や製錬跡が調査され、当時の採鉱技術や生産活動の実態が次々に明らかになったのだ。

遺跡の調査・研究を重ね、「伝承」の実態が明らかになる過程がわかる。実にドラマティックではないか。

日本の各地には多くの遺跡があるが、長登銅山跡のように調査・研究の積み重ねによって、全国的にも知られるようになったものもある。こうした遺跡は、地元の人々によって支えられ、守られてきたものが多いのだ。

今回参加した研究会では多くの遺物を観察し、たくさんの研究者と議論をすることができた。これまで発掘調査で出土した遺物は、多くの人々の目で見直すことで新たな発見があることを痛感した研究会であった。

大切製錬遺跡 発掘調査で奈良時代の製錬跡が確認された(筆者撮影)

私は大学の学部時代は山口県で過ごした。当時は自転車を漕いで長登まで行き、現地を見学した思い出がある。そんな私が、銅を通じて結ばれた奈良で仕事をしているのは不思議な縁を感じる。

日本の各地には多くの鉱山跡が知られている。なかには採掘を行った坑道などを実際に見学できるところもある。

兵庫県生野銀銅山(筆者撮影)

兵庫県猪名川町多田銀銅山(筆者撮影)

現存する日本の鉱山遺跡に残る遺構の多くは江戸時代から近代にかけてのもの。機械を用いた採掘や鉱山列車・ゴンドラでの鉱石・物資輸送など、採掘技術の発展を通じて日本の近代化の過程の過程を知ることができる。当時は多くの人々が現地に住み、「鉱山町」として栄えていたという。

なかでも最後の別子銅山跡は標高750mの山中に石やレンガで造られた遺構の数々が立ち並び、「東洋のマチュピチュ」とも称されている。

人類のものづくり技術の研究をしていると、こうした「近代産業遺産」と前近代の遺跡から出土する遺物・遺構のつながりが見え、実に興味深いのだ。

ちなみにこちらは中国の銅山遺跡の写真。

昔の人々は金属を得るための鉱石を求めて、鉱山を探し、そこで採掘を続けた。「フロンティア精神」のようなものを感じるのは私だけではないはずだ。

鉱山遺跡とは考古学の中でも実に地味な存在である。しかしながら多くの可能性を秘めた存在でもある。過去の時代のものづくりに思いを馳せ、私は今日も調査・研究を続けている。


丹羽崇史(にわ たかふみ)

奈良在住の考古学研究者。中国・韓国・日本を中心に、過去の時代の人々のものづくりやその技術を研究しています。SAMEJIMA TIMESの筆者同盟の一員として、考古学・文化財に関する記事を執筆しています。考古学や文化財の魅力を発信できればと思っていますので、お付き合いいただけましたら幸いです。写真は中華人民共和国北京市にある大鐘寺古鐘博物館を見学した時のものです。

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