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東京五輪開催を訴えるパソナ会長の竹中平蔵氏への反論〜小田光康

パソナ・グループ会長の竹中平蔵氏が自身のユーチューブ・チャンネルで東京五輪開催を訴えている。それもそのはず、パソナは東京五輪パラリンピック組織委員会のスポンサー企業だ。人材派遣業種で一社独占契約を結んでいる。

竹中氏率いるパソナが東京五輪を舞台に「ぼったくり」ビジネスを展開していることが5月26日、衆議院文部科学委員会で明らかになった。パソナは選手村や競技会場の運営の業務委託を引き受けている。

この内容というと、無償の大会ボランティアとほぼ変わらない。パソナは日給約1万3000円でアルバイトを募集し、約10倍の値段を付けて組織委に派遣しているというのだ。反社会的勢力の「人工出し」ビジネスでも、こんなに酷い中抜きはしない。

竹中氏はユーチューブの動画の中で、1920年アントワープ五輪がスペイン風邪のパンデミック下で開催されたことを引き合いに出した。

「その時の大会運営は大変だったとか、色々な記録が残っていますけども、パンデミックだからやめたということではなかったわけです。このスペイン風邪というパンデミックは、はっきり言って今の新型コロナウイルスの影響とは比べものにならないほど大きなものでした」

竹中氏は経済学者で慶應義塾大学の名誉教授でもある。当然、学術的な数字の扱いや比較の仕方は慣れているはずだ。ただ、これには首をかしげざるを得ない。

この大会の参加国はたったの29カ国、日本からの出場選手もたった15人。当時の五輪は夏と冬の大会が同じ年に同じ都市で開かれていた。開催期間も4月から9月までの長い期間に五月雨式に開かれた。

東京五輪の参加予定は153カ国・地域から約1万2000人の参加が予定されている。しかも夏の大会だけで、開催期間は約2週間とごく短期だ。竹中氏が条件のまったく異なる百年前の五輪と比較したこと自体がおかしい。学者として失格だ。

いや、ユーチューブでの発言が世論操作のたぐいならば、上場企業の会長というビジネスマンとしても退場を願おう。竹中氏にはこう切り返そう。「はっきり言って当時のオリンピックは比べものにならないほど小さなものでした」と。


この記事は、米五輪専門メディア「Around The Rings」日本版(ATRJ)にも同時公開されます。筆者の小田光康さんはATRのボランティア記者として長野五輪からオリンピックを取材してきました。SAMEJIMA TIMESはATRJと連携し、東京五輪について報道していきます。

小田光康(おだ・みつやす)1964年、東京生まれ。麻布大学獣医学部環境畜産学科卒、及び東京大学運動会スキー山岳部卒。パブリック・ジャーナリスト兼社会起業家、明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長。専門はジャーナリズム教育論・メディア経営論。現在、東南アジアの山岳少数民族に向けた感染症予防メディア教育開発プロジェクトに携わる一方、長野県白馬村でコーヒーのフェアトレードとヒツジ牧場の経営を軸とした地域振興策に関わる。将来の夢は白馬村でコーヒー屋とヒツジ追いを経験したのち、タイ・ラオス・ミャンマーを転々とするオートバイの修理工とゾウと水牛の獣医師になること。写真はタイの屋台で焼き鳥にかぶりつく筆者。